白狼 白起伝

松井暁彦

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終  黒の章

 二十

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 咸陽の午門は開かれていた。通常、日暮れと共に城郭の門は閉じられる。例外に午門が開いていたのは、馭者の男の手回しによる所であろう。
 
 三刻ほど馬車は、渭水に沿って駆け続けた。

「停めてくれ」
 徐に押し黙っていた、猛武が言った。
 馬車は止まる。

「俺は此処までだ」
 猛武はにべもなく告げると、外へと降り立った。

「感謝するぞ。猛武」
 摎が横臥する、主君を見遣って、丁重に頭を下げた。

「よしてくれ。元々、俺達があの男に手を貸したのが発端だ。責難される謂われはあっても、礼を言われる筋合いはない」
 猛武は悲しそうに細く笑んだ。

「何故、俺達に協力を?」
 問うた王翦の顔を、猛武は固い表情で見据える。

「白起殿は俺達、軍人の誉れなのだ。范雎のような糞野郎に殺されるのは惜しい人だ」

「猛武」
 当初は、この血の気の荒い青年を好きになれなかったが、よく知れば、彼は軍人としての矜持を抱いた、屈託のない青年であった。

「ふん。お前とはまた何処かで会えそうな気がする。せいぜい死ぬなよ」
 猛武は爽やかな笑みを刷き、拱手すると、暁を迎える地平線の先へと独り歩いて行った。
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