白狼 白起伝

松井暁彦

文字の大きさ
上 下
301 / 336
終  黒の章

 八

しおりを挟む
 街道を悠々と進む馬車。供廻りはせいぜい十騎。
 
 風はみ、幸いとして厚い雲は月を隠したままだ。白起は豺狼さいろうと等しいほどに、夜目が利く。一団との距離として、縦三十歩程度。

(充分だ)
 静かに手に持った、弓を構える。背のえびらに手を伸ばす。音速で番え、先頭を行く衛兵の頭を撃ち抜いた。
 
 嘶く馬達。松明を手にした衛兵が、狼狽えながら、此方に松明の明かりを向ける。だが、もう白起はその場から移動していた。素早く駆け回りながらの射撃。一呼吸で九射。必殺の腕前である。

 息絶えた衛兵達。白起は彼等の屍から流れ出る、血の海を踏みしめ、馬車の扉を蹴り破った。

「くそっ」
 即座に身を翻す。
 
 馬車の中は、もぬけの殻であった。狗を使えない白起にとって、情報は圧倒的に不足していたのである。
 
 時すでに遅し。角から一斉に龕灯がんとうを手にした、衛兵達が姿を現す。
しおりを挟む

処理中です...