白狼 白起伝

松井暁彦

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廉頗

 十三

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 己の知る限り、咸陽にこれほどの策を用意する、切れ者などいない。

(一体―。誰が)不吉なものを覚えながら、思考を眼前の敵へと戻す。

「廉頗も憐れなものだ」
 仇敵を想い、独り漏らす。

「殿。如何なされますか?」

「今すぐ将校全員を此処に集めろ。相手が戦を知らぬ若造なら、あの頑強な砦から趙軍を誘い出せるかもしれん」

「御意」
 狗が消えると、将校達が続々と幕舎の中へと入って来る。
 廉頗が奸計により、戦線を離脱したことを伝えると、銘々が言葉を失った。

「勝機が見えてきましたね」
 司馬錯しばさくの孫で、長平の戦いで初陣となった、司馬靳しばきんが青さ残る顔を紅潮させて言った。

「明日。俺が天狼隊を率いて討って出る」

「しかし、城塞の包囲は泥でぬかるみ、とてもではありませんが、馬の力を存分に引き出すことはできません」
 王騎が言う。

「若造に戦というものを教えてやる」
 白起は作戦の始終を聞かせると、銘々は大きく頷く得心した。

「流石。殿」
 司馬靳は眸を爛々と輝かせた。彼は神のように、白起を崇拝している。

「では。明日。このつまらない戦に終止符を打ってやろう」

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