白狼 白起伝

松井暁彦

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廉頗

 十一 

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 黎明―。寥々りょうりょうたる気配が漂ってきている。明らかに趙軍が放つ、気配が昨日と転化している。敵の熱量、或いは指揮の著しい低下を肌で感じる。

「何か趙軍の内部で起こったか」
 敵が築いた累璧を睨みながら、白起は独語する。その時。背後を黒い影が横切った。城塞の周囲を探らせていた、黒狗の一人である。

「訊こう」
 白い睫毛を払暁の光線に晒し、白起は促した。

「深更に敵方にて動きがありました。廉頗とその側近が密かに戦線を離脱。代わって邯鄲より派遣された、趙括ちょうかつという男が陣頭指揮を執るようであります」

「何だと?」
 思わず声音が上がる。
 
 趙括という男に覚えはない。何よりも重要なのは、何故廉頗が戦線を外されたかである。余程の椿事ちんじが邯鄲にて発生したか。或いはー。

「趙括という男。そして、廉頗の処遇を詳しく知りたい」

「御意」
 まるで白日夢を見ているようである。猛将廉頗が戦線を離脱するなど、此方にとって僥倖でしかない。
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