白狼 白起伝

松井暁彦

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廉頗

 二

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 白起は睨み合うような形で、長平の大地に忽然と現れた、巨大な城塞と三里ほどの間隔を空けて本陣を置いた。

「籠城戦ですかな」
 軍議の間で、王齕おうこつが漏らす。

「想定内だ」
 白起は敵が築いた簡易ながら堅牢な城塞の見取り図を眺めながら、無感情に呟いた。三重の堀。白起の天狼隊を警戒して用意されたであろう、等間隔に並べられた、無数の馬防柵。同時に馬の脚を止める為に、敢えて拵えられた嫌味な泥状の土が、包囲三里を覆っている。それらを突破しても、待つのは人の上背ほどある、土といしくれで練り上げられた塁璧。短期間でよくも、これほどの物をー。感心さえする。

「廉頗は此方が立ち枯れるのを待つつもりでしょうか?」
 王騎おうきが訊く。

「そのつもりだろうな」
 白起が廉頗の立場でも、同じ策を取る。
「亀のように籠もられてしまっては、陥とすのは容易ではないでしょう。狗が寄越した見取り図によると金城鉄壁です」
 胡傷こしょうの言に、銘々が唸る。勿論、狗は城塞の中に潜入出来ないので、見取り図が充分に正しいかとは断言できない。だが、廉頗は趙一の武将である。つまらぬ見落としをするとは思えない。

「俺が知る廉頗は、守戦など好まない。本能的で前衛的な戦を好む男だ」
 函谷関で強弓を射り、挑発に乗った廉頗は、あろうことか強弓を射返してきた。

「ではつつけば、頭を出す可能性はあると?」
 再び王騎が訊く。

「やってみる価値はある」

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