白狼 白起伝

松井暁彦

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血意

 十三

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 王翦は遮二無二に駆けた。陶を抜けるまでも、無数の追っ手が彼を追った。道中、邑で馬を奪った。馬を駆り、道なき道を選び、追っ手を撒くことに専念した。それでも執念深い追っ手は、追いすがって来る。

そういう輩は隘路あいろを見つけ、誘い出し、個々に撃破して行った。何時しか総身は血と脂に塗れていた。何日も刃を振るい、飲まず食わずで駆け続けた。

限界に達していく中で、王翦の痩躯を突き動かしたのは、孫竜に託された想いであった。何としても白起に伝えなくてはならない。父の訃音。そして、咸陽に渦巻く巨大な陰謀。昏い陰謀の刃は、白起の存在を断とうとしている。

気力だけを頼りに、王翦は遂に上党へと達した。その頃、王翦の躰は無数の傷を負っていた。霞む視界の先に視える、秦軍の陣営。

「あ、あと少しー。報せなければー。殿にー」
 突き上げてくる強い遺志に相反して、四肢から気力が零れ落ちていく。此方の存在に気が付いて、槍を手に駆けて来る数人の兵士。

「何者だ!貴様!」
 白起の一介の従者でしかなかった、王翦である。末端の兵士である彼等が認知しているはずもない。兵士達がずたぼろの王翦の周り囲む。

「お、俺は白起総帥の従者だった男だ。急ぎ取り次いでくれ。な、何としてもお伝えしなくてはならないことがある」
 言葉を振り絞る。創痍の王翦にとって、死力を尽くすのに等しい。王翦の言葉を信じたかどうかは定かではない。それでも兵士達の警戒心が僅かに緩んだ。

「総帥は此処にはおられない。趙の邯鄲かんたんへと向かわれたのだ」

「そんなー。ならー早馬を」 
 視界の端に闇が伸びる。

(まだ。駄目だ。伝えなくては)
 ひび割れた唇を動かす。だが声は出ない。闇の触手が伸び、視界が刹那にして闇に覆われた。

「父上が」
 その言葉を最後に、王翦の意識は混沌へと墜落した。

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