白狼 白起伝

松井暁彦

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血意

 五 

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 翌日。
 逃げた上党の民数十万を趙は受け入れた。之により趙は秦と徹底的に争うことになる。
 
 趙は大童おおわらわで軍備を整え始めた。上党の民は、趙より爵位三級を賜り、その代償として兵卒として、前線で戦うことを強いられた。

帰順した上党の民に爵位まで与え、駆り出す要因としては、趙の人材不足にある。度重なる戦災で、民は税苦に喘いでいる。だが、困窮は趙だけではない。どの国も情況は大同小異である。故に秦も十五歳以上のー。少年達を爵位一級という恩賞をちらつかせ駆り出している。

 その数日後。
 
 苦心惨憺くしんさんたんの後、趙は邯鄲かんたん周辺に四十万を越える兵を集めたという。
 
 黒狗が齎した情報では、総大将は趙の宿将である廉頗れんぱ
 
 上党に留まる、白起軍に続々と兵士が集まっていた。兵士として、真っ当な調練を受けた者はごく一部である。殆どが剣も握ったことのない農夫で構成されており、戦働きは期待できない。それでも集まった数はざっと四十万。
 
 流石に四十万を越える軍勢というものは壮観であった。双丘に構える本陣からは、四十万の大軍を睥睨することができる。
 
 蝟集いしゅうする人。彼等が放つ異様な熱気と闘気。彼等は一様に、手柄を立て立身栄達することを夢見て武器を執る。秦は弱者には非道な国ではあるが、強者には有り余る礼を尽くす。奴隷上がりの白起の存在が、下剋上の証左である。

秦には戦で奪った長大な大地がある。故に戦功ある者には、必ず恩を以って報いることができる。しかし、今の趙にはそれができない。論功行賞は命を懸け、戦場を駆ける男達にとっては必要不可欠なものであり、鋭気の源である。

領土が逼迫している趙と長大な領土を有する秦とでは、まるで兵士達の士気が違う。これ程の大軍同士の戦いとなれば、純粋な数の力と勢いに恃む場面も多い。双方、大分が雑兵なのである。廉頗とて基礎に依る、戦を強制される。
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