白狼 白起伝

松井暁彦

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血意

 二

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 突如、家臣達が狼狽え始める。感情の起伏なく、四顧しこする。
 
 薄鈍色うすにびいろの大地に軍勢が出没する。其れは辿ってきた南の街道を除いて、北、西、東の方角から次々に姿を現す。その数ざっと五千。甲土に満ちている。

対する魏冄の家臣は荷馬車を曳く者を合わせても、せいぜい三百がいいところ。

「鎮まれ」
 馬車から矍鑠かくしゃくとした動きで降り立つ。眼をすがめ、捉えるは秦の黒旗。
 中天の陽に雲烟うんえんが掛り、大地が薄い闇に包まれる。

穣候じょうこう―」
 家臣達は動きを止め、魏冄と迫りくる敵勢を交互に見遣る。

「剣を持て‼」
 総身を廻る血が爆ぜている。心の臓に巣食っていたはずの腫瘍が今は息を殺している。
 
 家臣が拝礼し、魏冄に剣を差し出す。剣が鞘鳴る。抜刀。雲が晴れた。刃に集約する、煌々たる光線。
 
 魏冄の覇気を宿した、光刃が散らばる。

「皆の者よく聞け!あろうことか秦王は、秦の柱石として支え尽くしてきた、この魏冄に刃を向けた!今日より秦は我が仇敵となったのだ!たとえ寡兵であろうとも、何としても陶に至る道への血路を拓かねばならぬ。何故か。わしが陶王としてー。戦国七雄を滅ぼし、天下に泰平を齎す!決して不可能ではない!何故なら、軍神白起がわしには付いておる!」
 魏冄は裂帛れっぱくの気迫を以って続ける。その声は秦軍にも、明瞭に届いているはずだ。

「聞け!仇敵秦よ!わしは必ず生きて陶へ帰り、白起と共に秦に攻め入る!生き残った者は秦王に伝えよ!血のよしみがあったとしても容赦はせんとな!」
 魏冄の闘志が、家臣達に共鳴する。心得のない者も今は手に矛を構えている。

「者共!血路を拓け‼」
 咆哮。吶喊とっかんと共に家臣が飛び出す。
 
 魏冄は老いも病も忘れ駆けていた。
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