白狼 白起伝

松井暁彦

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怨讐

 十四

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 男根が断たれた須賈を徹底的に調教し、魏へと送り返した。最早魂が抜けた傀儡となった、彼に言伝を用意している。
 
秦と和睦の条件として、魏の宰相である魏斉ぎさいの身柄を要求したのである。無論、生きた状態で。言うまでもなく、己の手で死ぬまで痛ぶってやる為である。

 後日、齎された報せで魏斉は秦に和睦条件として引き渡されることを懼れ、趙へ出奔したという報せが入った。だが、情況として魏も趙も同じである。上党からの秦の侵略を懼れ、秦との和睦を望む機運が高まっている。
 
范雎は矢継ぎ早に、趙へ使者を送り、魏と同様に和睦の条件の一つとして、魏斉の首を所望した。魏斉は須賈の成れの果てを知っている。秦の范雎に身柄を引き渡されれば、己がどのような末路を辿るかも。

魏斉は趙で自刎じふんした。望んだ形と少し違ったが、こうして范雎の復讐は果たされたのである。だが、范雎の憎悪の念は膨張していた。己にこれほど過酷な生を背負わせた、天への憎悪を収まらない。

天の理を蹂躙し、誠実に生きていた、己を裏切った、世界を意のまま操るのだ。

 
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