白狼 白起伝

松井暁彦

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怨讐

 九

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 魏の中大夫ちゅうたいふである須賈しゅかは、魏の使者として咸陽を訪なった。この頃、着々と白起率いる秦軍が韓の上党の地を奪う準備を始めている。
 
既に上党一帯の交通は遮断され、上党は民もかり出して抵抗の意志を明らかにしてはいるが、いざ戦が始まると上党の兵だけ持ち堪えることは不可能だろう。韓の本軍に対しては、王齕おうこつ軍と王騎おうき軍が睨みを利かせて動くにも動けない状態にある。

恐らく白起は準備が整い次第、直ぐに上党攻略を開始することだろう。上党が秦に奪われれば、隣接する魏と趙も心安らかではない。白起は上党に拠点を置き、魏と趙の領土に侵攻を繰り返すはずだ。秦の上党攻めは、魏と趙においても対岸の火事ではない。

星火燎原せいかりょうげん。上党に起こった火種は、瞬く間に三晋の領土に大火となって燃え広がることだろう。

だが、口惜しくも魏には韓に援助してやるだけの軍力はなかった。華陽かようの戦いで大損害を受け、国庫も軍力も瀕死に状態に近い。

だが、指を咥えて白起が上党入りするのを見ている訳にはいかない。故に須賈は使者として、秦に遣わされたのである。何とかして上党攻めを止めさせなくてはならない。その為に韓も魏も相当量の銭を積む覚悟はある。秦王が首を縦に振るとは思えないが、それでも何もやらないよりはましだ。
 
 須賈は決意を新たに、咸陽の正門を潜ると、数人の供廻りと共に質素な宿舎に入った。供廻りには別の部屋を与え、須賈は独りで殺風景でありながら広々とした部屋でうたた寝していると、徐に扉が静かに開いた。
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