白狼 白起伝

松井暁彦

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怨讐

 八

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 その五日後。穣候から正式に宰相の印綬が剥奪された。咸陽宮から粛々と延々に続く人の列。宣太后、穣候、涇陽君、高陵君が成した財の列でもある。

群を抜いて率いる輜車ししゃの数が多かったのは、やはり穣候である。咸陽の館から持ち出される財だけでも、輜車千乗を越える数だというのだから驚きである。百足むかでの如く列を成す集団の行先は、流刑地ともいえる封地である。

宮廷からの放逐。官位、爵位の剥奪は成されたが、財と封地を取り上げなかっただけ、破格の厚遇ともいえる。といっても、そもそもが、でっち上げの罪である。まぁ、これまで我が物顔で権を貪ってきたような輩ばかりである。

范雎に惻隠そくいんの心は微塵もない。黒山の隙間に停めた、馬車の中から粛々と続く列の途切れを見送ると、脇に控える男にぼそりと声を掛ける。

「以後、咸陽から抜け出そうとする、怪しい輩を見つけ次第始末しろ。白起は無数の間者を咸陽に放っていることだろう。少しでも挙動の奇妙な者は餓鬼でもいい。殺せ」
 男は目礼で返すと、直ぐに黒山の中へ紛れて行く。

 翌日。范雎は秦王より宰相の印綬を下賜された。また、おうの領土を封土として与えられ、范雎は応候と名乗ることになる。范雎は嬉々とした様子で相府に入ると、魏冄が使用していた執務室の改装を命じた。職人に自ら指揮を執る。その間に部下が吉報を齎した。興奮で総身が粟立つ。


(ああ。天よ。何と愚かなことか。貴様を憎む、私に天祐を授けようとは)
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