白狼 白起伝

松井暁彦

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 九

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「穣から華陽までは約五百里ある」
 大幕舎には白起と魏冄。主だった指揮官達が円になって一つの床几を囲んでいる。床几の上には帛の地図。白起が穣から華陽までの行程を指でなぞっていく。

「華陽を守る韓軍は凡そ十万。之を攻めるべく包囲している、魏・趙の合従軍がざっと三十万だ」
 王翦が白起の言に倣って、地図の上に色分けした駒を置いていく。

「妥当な数ですな」
 唸るように呟いたのは、客卿の公孫胡陽こうそんこようである。彼は二日前に、咸陽から三万の歩卒と千余りの車輌を率いて駐屯する白起軍と合流した。まだ三十代半ばと若いが利発そうな顔をしている。
 
公孫胡易の三万が合流して、白起軍は十三万に膨れ上がった。正直な所、あと十万は欲しい所だがこれ以上の動員は難しい。
 
 韓への派兵に合わせて、趙・魏の別動隊が北と南から秦の領土を犯す可能性も零ではない。北の防衛線には猛鷔もうごうを。南の防衛線は猛鷔の息子である猛武もうぶに守備を任せている。両軍にも相当の兵数が必要なのである。故に公孫胡陽が率いてきた兵卒の中には十五歳以上の少年も徴兵されている。度重なる戦で秦もいよいよ少年を徴兵しなければ、首が回らない情況まで追い込まれている。

廉頗れんぱ楽毅がくきは出てくるでしょうか?」
 両雄の危険性を幾度も肌で体感している王齕が訊く。

「狗共に探らせてはいるが、廉頗の所在は狗の嗅覚を以ってしても探りあてることができていない。だが、楽毅の参戦の可能性は極めて低い」

楽毅は斉の窮地にまで追い込んだが、田単でんたんはかりごとによって燕を追われる身となり趙へと亡命した。しかし失意によって病を患い病臥びょうがにあるという。
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