白狼 白起伝

松井暁彦

文字の大きさ
上 下
203 / 336
王星

 十九

しおりを挟む
「俺が王だと?笑わせるな。俺は青史せいしに史上最悪の殺戮者と語り継がれるであろう男だぞ。殺戮者なぞに天下万民が摺伏しょうふくすると思うか」

「総帥殿は万物を恐怖で支配してきたのでしょう。ならば天下も恐怖で統べればいい」

「恐怖は覿面てきめんの即効薬に過ぎない。天下を掌握するにはもっと別の力が必要なのだ」

「別の力?」

「徳だ」
 かつて白起は魏冄が封ぜられている穣と陶の城郭を見て回ったことがある。二地は咸陽を除いて、何処の領土よりも富んでいた。

 魏冄は語っていた。富を生むのは領主ではなく民であると。確かに二地では生活に困窮し餓えている民の姿はなかった。

この時代国が定める税は重い。収穫の三分の二を民から搾り取るなどざらである。更に秦では度重なる出兵が続き、空いた国庫を埋めるように政府は不作の年であろうが、お構いなしに重税を取り立てる。だが、皮肉にも民の困窮が秦の底力の強さでもあった。

秦は戦の論功行賞では徹頭徹尾、信賞必罰がなされる。爵位を持たない農民であっても、戦場で敵の首を五つ奪れば、五つの郷里をする権利が与えられる。下剋上も夢ではない環境にある。
 
現に運の作用があったとしても、奴隷であった白起が爵位を得て、今や軍の総帥の地位にある。とはいえ、下剋上などに興味もなく平穏に暮らした民も数多く存在する。現今の秦は大望を抱かない者には生き辛い国といえる。生き辛さを抱く民への追い打ちとして、地方を管理するはずの官吏達の不正が相次でいる。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

本能のままに

揚羽
歴史・時代
1582年本能寺にて織田信長は明智光秀の謀反により亡くなる…はずだった もし信長が生きていたらどうなっていたのだろうか…というifストーリーです!もしよかったら見ていってください! ※更新は不定期になると思います。

瓦礫の国の王~破燕~

松井暁彦
歴史・時代
時は戦国時代。 舞台は北朔の国、燕。 燕は極北の国故に、他の国から野蛮人の国として誹りを受け続け、南東に位置する大国、斉からは朝貢を幾度なく要求され、屈辱に耐えながら国土を守り続けていた。 だが、嫡流から外れた庶子の一人でありながら、燕を大国へと変えた英雄王がいる。 姓名は姫平《きへい》。後の昭王《しょうおう》である。 燕国に伝わりし王の徴《しるし》と呼ばれる、宝剣【護国の剣】に選ばれた姫平は、国内に騒擾を齎し、王位を簒奪した奸臣子之《しし》から王位と国を奪り戻し、やがて宿敵である斉へと軍勢へ差し向け、無二の一戦に挑む。 史記に於いて語られることのなかった英雄王の前半生を描いた物語である。

浅井長政は織田信長に忠誠を誓う

ピコサイクス
歴史・時代
1570年5月24日、織田信長は朝倉義景を攻めるため越後に侵攻した。その時浅井長政は婚姻関係の織田家か古くから関係ある朝倉家どちらの味方をするか迷っていた。

永き夜の遠の睡りの皆目醒め

七瀬京
歴史・時代
近藤勇の『首』が消えた……。 新撰組の局長として名を馳せた近藤勇は板橋で罪人として処刑されてから、その首を晒された。 しかし、その首が、ある日忽然と消えたのだった……。 近藤の『首』を巡り、過去と栄光と男たちの愛憎が交錯する。 首はどこにあるのか。 そして激動の時代、男たちはどこへ向かうのか……。 ※男性同士の恋愛表現がありますので苦手な方はご注意下さい

大日本帝国、アラスカを購入して無双する

雨宮 徹
歴史・時代
1853年、ロシア帝国はクリミア戦争で敗戦し、財政難に悩んでいた。友好国アメリカにアラスカ購入を打診するも、失敗に終わる。1867年、すでに大日本帝国へと生まれ変わっていた日本がアラスカを購入すると金鉱や油田が発見されて……。 大日本帝国VS全世界、ここに開幕! ※架空の日本史・世界史です。 ※分かりやすくするように、領土や登場人物など世界情勢を大きく変えています。 ※ツッコミどころ満載ですが、ご勘弁を。

科学的考察の及ばぬ秘密ノ誘惑

月見里清流
歴史・時代
 雨宿りで出会った女には秘密があった――。 まだ戦争が対岸の火事と思っている昭和前期の日本。 本屋で出会った美女に一目惚れした主人公は、仕事帰りに足繁く通う中、彼女の持つ秘密に触れてしまう。 ――未亡人、聞きたくもない噂、彼女の過去、消えた男、身体に浮かび上がる荒唐無稽な情報。 過去に苦しめられる彼女を救おうと、主人公は謎に挑もうとするが、その先には軍部の影がちらつく――。 ※この作品はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
故郷、甲賀で騒動を起こし、国を追われるようにして出奔した 若き日の滝川一益と滝川義太夫、 尾張に流れ着いた二人は織田信長に会い、織田家の一員として 天下布武の一役を担う。二人をとりまく織田家の人々のそれぞれの思惑が からみ、紆余曲折しながらも一益がたどり着く先はどこなのか。

鈍亀の軌跡

高鉢 健太
歴史・時代
日本の潜水艦の歴史を変えた軌跡をたどるお話。

処理中です...