白狼 白起伝

松井暁彦

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王星

 十四

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 家屋が落ちた場所に、母を埋め終わると、魏翦は慟哭した。

 いつの間にか、白起に変わって摎という影の薄い男が現れ、母を埋めた地に蹲る、魏翦を背後で静かに見守り続けていた。

「匪賊共はあんたたちが?」
 涙を拭い、立ち上がる。拭った涙は血のように赤かった。朱色の視界に、荒れ果てた邑の様子が映る。
 
 感情は麻痺していた。ただ茫然と邑を襲った悲劇を眺めている。

「そうだ」
 摎は寡黙な男だった。

「たった二人でか」
 魏翦達が幾ら数十人倒したといっても、三十人は残っていたはずだ。その数をたった二人で。最早、何がおかしいのかも分からない。

「あんたら一体何者だ?」
「私は何者でもない。だが、殿は秦軍の総帥であらせられる」

「総帥だと」
 何故、軍の総帥殿がこのような鄙びた土地に?よもや東郷邑の危機に総帥が駆け付けたなどという馬鹿げた話ではあるまい。

「私達はお前を迎えにきた」
 眉を顰める。

「母君からは何も聞かされていないようだな」

「父のことだな」
 摎は首肯する。

「お前は宰相魏冄殿の落としたねだ」

「宰相」
 学のない己にも分かる。宰相といえば王に次いでの有力者ではないか。
 あまりに突飛な話だ。信じ難いと思う自分と、やはり俺の生まれは平凡なものではなかった。と奇妙に納得してしまっている自分もいる。

「父は己に子がいることは知らぬと母が言っていた」

「偽りはない」

「だが、何の為に?総帥が俺を」
 摎は答えない。
「まぁいいさ。母は生き方を自身で決めろと言った。俺はあんた達と共に行くよ。そうしなければ、ならない気がするんだ」
 最後に魏翦は、母が大事にしていた首飾りを、母の墓の上に置き、そっと土を被せた。
 
 馬に跨った白起が現れ、自らの馬の後ろに乗るように促す。未だに白起の真意は分からない。

「行くぞ」
 白起の腹に腕を回す。炎が盛る中で、俺は白き狼を視た。抗いようがないほどに白き狼に惹かれた。そして悟ったのだ。あの光輝を放つ獣に、魅入られた己も獣なのだと。
 
 白起の銀の双眸が、母の墓へと向いた。眸の奥には茫洋とした光があり、微かに揺らいでいるのを、魏翦は見逃さなかった。
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