白狼 白起伝

松井暁彦

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王星

 八

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 白煙からぬっと現れたのは、得物を手にした見覚えのない男達。魏翦の姿を認めて、せせら笑う中央の男の手には人の頭。

「それはー」
 男が頭を投げ、転がった頭は爪先に当たり止まる。持ち上げる。眦が裂けんばかり見開かれた其れは、荘英のものだった。

「お前達だろ?俺達の仲間を殺ったのは。直ぐに分かったぜ。餓鬼がこんな良い武器持ってるはずないもんな」
 哄笑の渦が起こる。無造作に投げつけられる、十ばかりの首。

「俺達に逆らったお前達が悪い。餓鬼の糞みたいな義侠心が邑を滅ぼした」
 魏翦は紅涙を流していた。ゆっくりと荘英の首を地面に置く。廻る血潮は燃えている。一瞬でも己が天に選ばれた男なのだと錯覚した。
 
 だが、所詮は膂力りょりょくの強い凡人に過ぎない。故に仲間を失い、邑すらも匪賊共に奪われた。そして、今匪賊共に囲まれ命すら落とそうとしている。

 あの時、戦わず邑を襲う匪賊共の蛮行を見て見ぬふりをしているべきだったのか。いや。結果は変わらなかった。奪えるものが無くなれば、匪賊達は大挙して今のように押し寄せてきたに違いない。だとすれば、俺の決断は迷っていなかった。

(戦わなくてはならない。命を燃やして)
 
 吼号こうごう。命が爆ぜた。視界に朱の帳が下りる。初めて人を斬った時以上の高揚。
 
 魏翦は雄叫びと共に敵へと猛然と斬りかかった。
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