白狼 白起伝

松井暁彦

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王星

 七

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 邑は熱波に包まれていた。燎原之火りょうげんのひが地上に緋色を落とす。

「魏翦‼」
 荘英以下。全員で十名が駆け寄ってくる。指示なくとも彼等の手許には、先日匪賊達から奪った得物がある。

「連中、報復に来やがった。邑人を殺し廻って、至る所に火を放ってやがる」
 荘英は酷く狼狽している。

「なぁ、魏翦。俺達のやったことは」
 候伸の言葉を手で制す。

「之が弱者の末路だ。俺達が事を起こそうと起さまいと結果は変わらなかった」
 彼等を慰めた訳でもない。立ち向かわなくては狩られる。自然の摂理で人間社会でも摂理は変わらない。あの争闘の中で学んだことだ。

「数は?」

「ざっと五十はいる」
 荘英の声は震えていた。

「そうか。五十か」
 比べ物にならない数だ。奴等それほどの兵力を有していたのか。だとすれば邑に降りてきていた匪賊は走狗程度だったと考えるが妥当だろう。

「魏翦」
 仲間達の縋るような声。

「五人二組に分かれる。伍を組むんだ。円を描き互い背を預け合う。候兄弟は二手に分かれてくれ。遠くの敵を矢で射貫け。眼前の敵は補助し合いながら仕留めろ。いいか、敵に情けをかけるなよ。躊躇すれば俺達が狩られる」
 轟々と盛る炎が濃い影を邑の端々に落とす。影が長く伸びる影を作り、どれもが狂うように動き回る。断末魔は間断なく響く。
 十人は炎の海に飛び出し、邂逅する敵を次々に討ち果たしていく。

「糞が‼」
 倒しても、倒しても切りがない。そして、邑人の多くは既に息絶えている。魏翦は舌を打った。五歳にも満たない子供の血に塗れた屍を見下ろす。臆病な大人達は憎い。だが抗う力を持たない子供達に罪はない。

「ひどい」
 邑の広場には堆く積まれた男達の屍。どれも原形を保っておらず、ただの肉塊と化している。誰かが嘔吐した。

「女達がいない」
 言わずとも分かる。

「あれは」
 荘英が右手に上がる黒煙を仰いだ。

「母ちゃん!父ちゃん!」

「待て!」
 荘英が静止を聞かず、自宅の方へ駆け出した。

(まずい)
 皆と眼が合う。惨い屍を目の当りにして、皆の張りつめていた闘気が散った。
 全員は親元へと駆けていく。気持ちは分かる。だがー。

(俺達が散開すればもう抗う術はない)

「待て!お前達!」
 時すでに遅し。仲間達は炎の海へ消えていた。

「くっ」
 不意に母を想う。

(母上は無事に逃げ出すことができたのだろうか?)
 揺らめく炎の中に蠢く影が見えた。

「荘英!」
 期待が過る。だが一瞬で悟る。

(違う。数が多すぎる)
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