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王星
五
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「死体を焼く」
もし匪賊の仲間達が邑に降りてきた時に証拠が残っていてはまずい。
「お前達―。な、なんてことしてくれたんだ」
邑の父老が歩み寄って来て、死体の山を呆然と見つめて、責めるような口調で言った。
「何だよ!その言い草は。俺達は襲われていたあんた達を助けたんだ」
荘英が怒気を放った。
「何が助けただ。余計なことをしおって!奴等の仲間が報復にやって来るぞ!幾ら死体を焼いた所で無駄だ!奴等の足取りはこの邑で途絶えておる!皆殺しにされるぞ!お前達のせいで邑が地図から消えるのじゃ‼」
翁は眼を引ん剥いて荘英に掴みかかる。
「待て!爺さん俺達はー」
「余計なことをしやがって!」
「お前達のせいで邑は灰になる!」
「ふざけんな!」
黒山を成す邑人達の罵詈雑言が荘英の声を遮る。仲間達は村民達の予想しない反応を前に硬直している。しまいには彼等は礫を拾い上げ、少年達に悪罵と共に投げつける。その一つが魏翦の蟀谷を捉えた。静かに翻した身。鈍い一閃が走る。
「黙れ。じじい」
父老の右耳が舞った。耳を聾するほどの悲鳴を上げ、父老が地にのたうち回る。愚かな邑人達の罵詈雑言などどうでも良かった。ただ頭の芯にあるのは、己が何者であるかという自問自答であった。
争闘の刹那で抱いた、あの胸の火照り。人の命を己が刃で奪い去っているのにもかかわらず、俺は愉悦に浸っていた。命を懸けた遣り取りを楽しんでいたのだ。もう匪賊達に犯され殺された、哀れな女子の事など頭から掻き消えていた。
不意に母の言葉が脳裏を過る。
「お前の父君はさる偉い御方。理由があって名を教えてやることは叶いませんが、お前の姓は父君の姓を頂戴したもの。姓を誇りとして胸に刻み付けなさい」
母は何があろうと父のことを口にしようとしなかった。教えられていたことは父が秦の権力者であり、魏の姓の男であるということ。
母は父を語る時、恋々とした表情を浮かべていた。妻と子を捨てた非常な男に思慕の念など抱く必要などなかろうが。むしろ魏翦は顔も知らぬ父を憎んでいた。
父が俺達を捨てたからこそ、この貧しい片田舎で苦しい生活を強いられているのではないか。だが今になって母の言葉が理解できる。俺はただの農夫の子ではない。尋常ならざる血が、この肉体に流れている。
「敵が来るなら迎い討てばいい。お前達のような弱者の立場に甘んじている愚か者達は無様に死ねばいい」
彼等に捨て台詞を吐くと仲間と共にその場を立ち去った。
もし匪賊の仲間達が邑に降りてきた時に証拠が残っていてはまずい。
「お前達―。な、なんてことしてくれたんだ」
邑の父老が歩み寄って来て、死体の山を呆然と見つめて、責めるような口調で言った。
「何だよ!その言い草は。俺達は襲われていたあんた達を助けたんだ」
荘英が怒気を放った。
「何が助けただ。余計なことをしおって!奴等の仲間が報復にやって来るぞ!幾ら死体を焼いた所で無駄だ!奴等の足取りはこの邑で途絶えておる!皆殺しにされるぞ!お前達のせいで邑が地図から消えるのじゃ‼」
翁は眼を引ん剥いて荘英に掴みかかる。
「待て!爺さん俺達はー」
「余計なことをしやがって!」
「お前達のせいで邑は灰になる!」
「ふざけんな!」
黒山を成す邑人達の罵詈雑言が荘英の声を遮る。仲間達は村民達の予想しない反応を前に硬直している。しまいには彼等は礫を拾い上げ、少年達に悪罵と共に投げつける。その一つが魏翦の蟀谷を捉えた。静かに翻した身。鈍い一閃が走る。
「黙れ。じじい」
父老の右耳が舞った。耳を聾するほどの悲鳴を上げ、父老が地にのたうち回る。愚かな邑人達の罵詈雑言などどうでも良かった。ただ頭の芯にあるのは、己が何者であるかという自問自答であった。
争闘の刹那で抱いた、あの胸の火照り。人の命を己が刃で奪い去っているのにもかかわらず、俺は愉悦に浸っていた。命を懸けた遣り取りを楽しんでいたのだ。もう匪賊達に犯され殺された、哀れな女子の事など頭から掻き消えていた。
不意に母の言葉が脳裏を過る。
「お前の父君はさる偉い御方。理由があって名を教えてやることは叶いませんが、お前の姓は父君の姓を頂戴したもの。姓を誇りとして胸に刻み付けなさい」
母は何があろうと父のことを口にしようとしなかった。教えられていたことは父が秦の権力者であり、魏の姓の男であるということ。
母は父を語る時、恋々とした表情を浮かべていた。妻と子を捨てた非常な男に思慕の念など抱く必要などなかろうが。むしろ魏翦は顔も知らぬ父を憎んでいた。
父が俺達を捨てたからこそ、この貧しい片田舎で苦しい生活を強いられているのではないか。だが今になって母の言葉が理解できる。俺はただの農夫の子ではない。尋常ならざる血が、この肉体に流れている。
「敵が来るなら迎い討てばいい。お前達のような弱者の立場に甘んじている愚か者達は無様に死ねばいい」
彼等に捨て台詞を吐くと仲間と共にその場を立ち去った。
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