白狼 白起伝

松井暁彦

文字の大きさ
上 下
185 / 336
王星

 一

しおりを挟む
 魏翦ぎせんは襤褸の上に胸当てを付け、手には錆を纏う剣を持ち野原を駆けていた。彼は恐ろしいほど健脚で風の如く舗装されていない凸凹のぬかるんだ道を駆け抜けていく。

「おーい!待ってくれ!魏翦」
 続くのは十人余りの集団。先頭を行く魏翦を含め、皆が十代半ばの若者であり武装している。

「止まれ」
 唐突に魏翦が草叢くさむらに身を潜める。清籟せいらいが悲鳴を運ぶ。鼻先を掠めるのは錆を含んだ血の臭気。

「またあいつ等だ」
 十人あまりの武装した男達が得物を手に、東郷邑とうごうむらの離れにある集落を襲っている。邑から三十里ほど離れた廃村を根城としている匪賊ごろつきだ。奴等は定期的に略奪を働いて、食糧と女を奪っていく。

厄介なのは連中がそれなりに殺しに関して心得があることだった。噂では頻陽県ひんようけんの兵士だったと聞く。しかし、あまりにも素行が悪く、兵士として追放されたのだとか。元々戦場を活計にしようとしていた連中である。腕っ節だけは強い。

匪賊共は今も略奪を愉しんでいる。点在する家屋を力任せに破壊し家に押し入り、可斂誅求かれんちょうきゅうの隙間を縫うように、ひもじく蓄えた邑人の食糧を奪い去っていく。
しおりを挟む

処理中です...