白狼 白起伝

松井暁彦

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燻り

 十

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 自軍の陣営に戻ると直ぐに李莞、王騎の二人を招集した。

「天狼隊一万をお前達二人に預ける」
 二人は言葉の真意を理解出来ずに黙している。

「魏冄を守れ」

「では、此処の守備は?」
 言った王騎が勢いよく吹き飛んだ。

「つまらぬこと考えるな。お前達は俺が命じたことを成せばよい」
 殴りつけた拳には王騎の血が纏わりついている。
 王騎は呻吟しんぎんの果て一瞬不敵な光を眼に湛えたものの、起き上がると直立した。

「何としても魏冄を守れ。魏冄が死ぬようなことがあれば、俺がお前達を殺す」
 口調こそ淡々としたものであるが、冷たい殺意が込められている。

「御意」
 二人が駆け去っていくのを見遣ると一人幕舎に戻る。気が付くと腰の双剣を抜き、中央に置かれた床几を両断していた。

きょう‼」
 怒鳴るように影の主を呼ぶ。

「控えております」
 背後に人の気配。

「調べて欲しいことがある。三日で調べあげろ」

「最後の希望ですね」
 言わずとも摎は白起の望みを理解していた。この聡さすらも、今の己にとっては怒りの種になる。

「余計な口を利かなくていい。さっさと行け」

「御意」
 告げると同時に人の気配が消えた。

「最後の希望」
 確かにそうかもしれない。希望を掴むことが出来れば魏冄の考えは変わるはずだ。

 三日後。摎は見事吉報を齎した。王齕を召喚し、摎と共に暫く席を空けることを告げる。天狼隊が抜けたとはいえ、四万の指揮である。王齕は峻拒したが、上官命令を引き合いに出すと唯々諾々と受け入れた。白起は具足を脱ぎ、年季の入った平服を纏い摎と共に軍を抜けた。
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