白狼 白起伝

松井暁彦

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光輝の兆し

 十四

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 武王は世を治める上で最も必要なものは徳だと言った。そして、かつて古代の君主が特別な力として、天より下賜された徳という霊力は、為政者が乱立する時代に突入すると、しだいに失われて行ったと語っていた。

 だが、果たして本当にそうなのだろうか。徳は視認できる力ではないが、魏冄が内側から横溢される力こそ徳ではないのか。彼の治める封地を見れば分かる。穣や陶に住まう人々は不羈ふきであった。民を不羈へと導くことのできる、為政者がこの乱世に存在しようか。白起の知る限り、武王以外の為政者は、皆一様に底無しの欲望に憑りつかれていた。

 武王は分かっていたのではないか。魏冄に為政者の資質があり、内に徳という萌芽を秘めていることを。そして、白起は、魏冄を王とするために、水面下で動きだしていた。
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