白狼 白起伝

松井暁彦

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光輝の兆し

 二

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臨淄りんしは楚に奪われたか」
 東の地。かつての斉の都臨淄を指の腹で叩いた。楚は合従軍を裏切り、燕軍が守護する臨淄を奇襲し奪取した。斉西の地は合従国に順当に割譲されるであろうが、土地の重要性からするに、楚が奪った臨淄の価値は頭一つ飛び抜けている。楚は北から槍を突き出すようにかつての斉の領土を獲得した。

「惜しいことをしたな」

「楚は孟嘗君もうしょうくんと繋がっていた。戦が始まる以前から、臨淄へ至る別動隊の兵站線を確保していやがった。後手に回った時点で、合従国側が臨淄を掌握することは叶わなかったさ」
 魏冄の低い唸り声が響く。

「だが楚には代償を払ってもらう」
 帛の地図に描かれた、楚の都である郢を睨んだ。江水こうすいの恵みを十全に受けた、楚都えいを奪取することが叶えば、秦は南西に大きく躍進できる。余命僅かな斉が東の果てに釘付けになっている今、西から徐々に諸国を攻め上げていけば、暈を纏った天下の姿が浮かび上がってくるはずだ。

「郢を奪うつもりか?」

「楚は臨淄周辺の宣撫に戦力を割いているのが現状だ。斉の民は、他の国の人間と比較すると不羈奔放ふきほんぽうな性質にある。楽毅がくきほどの強烈な存在感を発する軍人ならまだしも、楚の雑魚軍人共に易々と心服はしない。事実、狗の寄越した報せによると、臨淄一帯の民の抵抗は激しいようだ」

「なるほど。楚の眼は東に向き続けているか。しかしだな、よしんば間隙を突いて楚の国境を侵し進撃したとしても、周辺諸国が黙って見過ごすとは思えん」

「ああ」
 暗い眼で相槌を打つ。斉攻めの為の五国合従。あれは諸刃の剣だ。今、雄飛の最中にある七国の何れが手を組めば、国を本当の意味で滅亡へと導く力があることを今回の戦で天下に証明された。

斉同様に強大な力を持った大国は諸国から危険視され、いつ斉と同じ滅びへの道を辿るか分からない。約従の効果はこれまで以上に飛躍の桎梏しつこくとなるだろう。そして、斉の次に力を有する国といえば、西の秦であった。合従という名の桎梏が四肢の自由を奪う。だが、間隙を突いて巧く立ち回り、周辺諸国の肉をこそぎ落してやれば必然的に合従の効力も弱まり、合従そのものが烏有うゆうに帰す。
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