白狼 白起伝

松井暁彦

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合従軍戦 弐

 一

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「燕の楽毅がくき殿が合従軍の総大将ということで意義はないな」
 大幕舎で秦・魏・韓・趙・楚・燕の高官達が集い、軍議が開かれていた。進行は魏の孟嘗君もうしょうくんが務めている。彼は銘々の顔を追うように視線を走らせた。盲人とはいえ、所作までは変わらないようだ。

「俺は構わないぜ。今回の戦で一番に兵を動員しているのは燕だからな。道理に適った話だ」
 と言った廉頗れんぱは如何にも軍議が退屈というように、指の腹で几を一定間隔で叩いている。

 燕の動員兵数は二十万を有に越えている。この五国連合に一番の意欲を示しているのは燕だった。燕は斉の隣国として幾年も強国の圧力に耐え続け、辛酸を舐め続けている。加えて燕の昭王しょうおうは、斉に一際強い怨懣えんまんを抱いている。
 
 昭王即位以前、燕国内は彼の父である燕王かいが政務を放擲ほうてきし、幸臣こうしんであった宰相子之ししを盲信したばかりに燕国内は頽廃たいはいを極めた。そして、子之の傀儡と化した燕王噲はあろうことか、太子として冊立していた姫平きへいに王位を譲らず、子之に禅譲した。太子平と燕王噲との抗争で国は二つに割れた。国内は内戦に大いに荒れた。

隣国斉は隙を見逃さなかった。斉の宣王せんおうの指示の元、荒廃極めた燕に斉の大軍が攻め込んだ。燕の領土は炎海と化し、持ち堪える間もなく瓦解。燕王噲、自ら王を号した子之は、争乱の後に討死。

悉く庶子も処刑され、宣王はあえて太子平を生かし、隷属れいぞくを条件に燕の存続を提案した。太子平は恥辱に塗れた条件を飲むしかなかった。彼は混沌とした瞋恚しんいを抱き、焦土の地の王となった。終わりのない嚇怒かくどを糧に燕王となった姫平は、富国強兵策に務め、現今に至るまで国力を回復させた。
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