139 / 336
雄飛
二十一
しおりを挟む
「まさかお前と共闘することになるとはな。白き魔人」
唐突に背後から声を掛けられ振り返ると、其処には二人の男が立っていた。声を掛けたのは、艶のある黒い髭を頬まで蓄えた偉丈夫。彼は豊かな髭の隙間から浮くように光る白い歯を覗かせた。彼に並んで立つ精悍な顔をした青年は、刃のように鋭い細長い眼を向けてくる。
「お前達は?」
覚えがある気がする。何より二人から漏れ出している気は、肌に疣が立つほどに鋭利で清廉されている。
「はは。負け知らず常勝将軍となれば、いちいち刃を交えた男達の顔など覚えておらんか」
茶化すように黒い髭の男が嗤う。嫌味はない。屈託のない男である。
「俺は趙の廉頗だ」
黒髭が名乗る。そして傍らの男を肘で小突く。
「かつては趙にいた。今は燕の楽毅だ」
憮然と楽毅が華やぎのある顔を歪め告げる。
「あの時の」
孟嘗君率いる斉を骨子とした合従軍が函谷関まで迫った時、白起と刃を交えた強者だった。
「思い出したか。あの時はお前にいいようやられた。あの頃のお前は餓鬼だった。彗星のように現れた無名の餓鬼に、俺達の誇りは蹂躙されたのさ」
廉頗はまるで他人事のように豪快に笑った。
「お前は俺の強弓を射返した」
「だが外した」
「俺の強弓を射返すものなど、この世にいないと思っていた」
「傲慢な野郎だな」
楽毅が舌を打ち、剣呑な気配を放ちつつ言った。
「おいおい。楽毅。そう敵意を剥き出しにするな。少なくとも今の俺達は味方だ」
「ふん。何が味方だ。お前も知っているだろ。こいつは血も涙もない魔人だ。こいつの足元には、数十万の罪もない人々の屍が堆く積み重なっている」
「戦乱の世で殺人の罪を俺に問うのか。随分と殊勝の心がけだな。得物を手にした敵兵は幾ら屠っても構わないが、恐怖に竦み、得物を放擲し戦う事をやめた臆病者は殺してはならないというのか」白起と楽毅が睨み合う。
「戦とは畢境、殺し合いだ。だが、戦にも道理はある。戦理に基わぬ、戦などただの虐殺だ」
「ふん。燕の英雄がこれほどお人好しとは。敵に善導感化を促すつもりか。投降兵など所詮は裏切り者。機があれば必ず寝返ろうとする。俺は禍根を断っているだけだ。偽善は更なる戦乱を呼び起こす。必要とあれば無辜の民といえど、俺は何百万と首を刎ねるさ」
「大地を血で染め上げる気か」
楽毅は忿怒を露わにし、今にも掴みかかりそうな勢いである。
「言ったはずだ。必要なら万斛の血を流すことも厭わない」
「そうやって全ての国を力で滅ぼすつもりか」
「そうだ。全てを滅ぼすまで俺は止まらない。お前達の息の根も。お前達の国も灰燼と帰してやる」
「貴様‼」
胸倉を掴もうとする楽毅を廉頗が間に入ってとりなす。
「今すぐここで叩き斬ってやる‼」
楽毅の手には佩剣の柄にある。
「あの時のように返り討ちにしてやる」
「この野郎‼」
怒声が轟き周囲には黒山が成している。
「よせ。お前の気持ちは分かる。でも、今は俺達が揉めている場合じゃない」
「その通りだ」
黒山を割ったのは、馴染みのある声だった。
「久しいな。白起」
悠揚と現れたのは斉王の裏切りによって、魏へと出奔した孟嘗君田文だった。
唐突に背後から声を掛けられ振り返ると、其処には二人の男が立っていた。声を掛けたのは、艶のある黒い髭を頬まで蓄えた偉丈夫。彼は豊かな髭の隙間から浮くように光る白い歯を覗かせた。彼に並んで立つ精悍な顔をした青年は、刃のように鋭い細長い眼を向けてくる。
「お前達は?」
覚えがある気がする。何より二人から漏れ出している気は、肌に疣が立つほどに鋭利で清廉されている。
「はは。負け知らず常勝将軍となれば、いちいち刃を交えた男達の顔など覚えておらんか」
茶化すように黒い髭の男が嗤う。嫌味はない。屈託のない男である。
「俺は趙の廉頗だ」
黒髭が名乗る。そして傍らの男を肘で小突く。
「かつては趙にいた。今は燕の楽毅だ」
憮然と楽毅が華やぎのある顔を歪め告げる。
「あの時の」
孟嘗君率いる斉を骨子とした合従軍が函谷関まで迫った時、白起と刃を交えた強者だった。
「思い出したか。あの時はお前にいいようやられた。あの頃のお前は餓鬼だった。彗星のように現れた無名の餓鬼に、俺達の誇りは蹂躙されたのさ」
廉頗はまるで他人事のように豪快に笑った。
「お前は俺の強弓を射返した」
「だが外した」
「俺の強弓を射返すものなど、この世にいないと思っていた」
「傲慢な野郎だな」
楽毅が舌を打ち、剣呑な気配を放ちつつ言った。
「おいおい。楽毅。そう敵意を剥き出しにするな。少なくとも今の俺達は味方だ」
「ふん。何が味方だ。お前も知っているだろ。こいつは血も涙もない魔人だ。こいつの足元には、数十万の罪もない人々の屍が堆く積み重なっている」
「戦乱の世で殺人の罪を俺に問うのか。随分と殊勝の心がけだな。得物を手にした敵兵は幾ら屠っても構わないが、恐怖に竦み、得物を放擲し戦う事をやめた臆病者は殺してはならないというのか」白起と楽毅が睨み合う。
「戦とは畢境、殺し合いだ。だが、戦にも道理はある。戦理に基わぬ、戦などただの虐殺だ」
「ふん。燕の英雄がこれほどお人好しとは。敵に善導感化を促すつもりか。投降兵など所詮は裏切り者。機があれば必ず寝返ろうとする。俺は禍根を断っているだけだ。偽善は更なる戦乱を呼び起こす。必要とあれば無辜の民といえど、俺は何百万と首を刎ねるさ」
「大地を血で染め上げる気か」
楽毅は忿怒を露わにし、今にも掴みかかりそうな勢いである。
「言ったはずだ。必要なら万斛の血を流すことも厭わない」
「そうやって全ての国を力で滅ぼすつもりか」
「そうだ。全てを滅ぼすまで俺は止まらない。お前達の息の根も。お前達の国も灰燼と帰してやる」
「貴様‼」
胸倉を掴もうとする楽毅を廉頗が間に入ってとりなす。
「今すぐここで叩き斬ってやる‼」
楽毅の手には佩剣の柄にある。
「あの時のように返り討ちにしてやる」
「この野郎‼」
怒声が轟き周囲には黒山が成している。
「よせ。お前の気持ちは分かる。でも、今は俺達が揉めている場合じゃない」
「その通りだ」
黒山を割ったのは、馴染みのある声だった。
「久しいな。白起」
悠揚と現れたのは斉王の裏切りによって、魏へと出奔した孟嘗君田文だった。
0
お気に入りに追加
15
あなたにおすすめの小説
瓦礫の国の王~破燕~
松井暁彦
歴史・時代
時は戦国時代。
舞台は北朔の国、燕。
燕は極北の国故に、他の国から野蛮人の国として誹りを受け続け、南東に位置する大国、斉からは朝貢を幾度なく要求され、屈辱に耐えながら国土を守り続けていた。
だが、嫡流から外れた庶子の一人でありながら、燕を大国へと変えた英雄王がいる。
姓名は姫平《きへい》。後の昭王《しょうおう》である。
燕国に伝わりし王の徴《しるし》と呼ばれる、宝剣【護国の剣】に選ばれた姫平は、国内に騒擾を齎し、王位を簒奪した奸臣子之《しし》から王位と国を奪り戻し、やがて宿敵である斉へと軍勢へ差し向け、無二の一戦に挑む。
史記に於いて語られることのなかった英雄王の前半生を描いた物語である。
本能のままに
揚羽
歴史・時代
1582年本能寺にて織田信長は明智光秀の謀反により亡くなる…はずだった
もし信長が生きていたらどうなっていたのだろうか…というifストーリーです!もしよかったら見ていってください!
※更新は不定期になると思います。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
if 大坂夏の陣
かまぼこのもと
歴史・時代
1615年5月。
徳川家康の天下統一は最終局面に入っていた。
堅固な大坂城を無力化させ、内部崩壊を煽り、ほぼ勝利を手中に入れる……
豊臣家に味方する者はいない。
西国無双と呼ばれた立花宗茂も徳川家康の配下となった。
しかし、ほんの少しの違いにより戦局は全く違うものとなっていくのであった。
全5話になりそうなので、マルチバース豊臣家と別に連載することにしました。
浅井長政は織田信長に忠誠を誓う
ピコサイクス
歴史・時代
1570年5月24日、織田信長は朝倉義景を攻めるため越後に侵攻した。その時浅井長政は婚姻関係の織田家か古くから関係ある朝倉家どちらの味方をするか迷っていた。
大日本帝国、アラスカを購入して無双する
雨宮 徹
歴史・時代
1853年、ロシア帝国はクリミア戦争で敗戦し、財政難に悩んでいた。友好国アメリカにアラスカ購入を打診するも、失敗に終わる。1867年、すでに大日本帝国へと生まれ変わっていた日本がアラスカを購入すると金鉱や油田が発見されて……。
大日本帝国VS全世界、ここに開幕!
※架空の日本史・世界史です。
※分かりやすくするように、領土や登場人物など世界情勢を大きく変えています。
※ツッコミどころ満載ですが、ご勘弁を。
獅子の末裔
卯花月影
歴史・時代
未だ戦乱続く近江の国に生まれた蒲生氏郷。主家・六角氏を揺るがした六角家騒動がようやく落ち着いてきたころ、目の前に現れたのは天下を狙う織田信長だった。
和歌をこよなく愛する温厚で無力な少年は、信長にその非凡な才を見いだされ、戦国武将として成長し、開花していく。
前作「滝川家の人びと」の続編です。途中、エピソードの被りがありますが、蒲生氏郷視点で描かれます。
不屈の葵
ヌマサン
歴史・時代
戦国乱世、不屈の魂が未来を掴む!
これは三河の弱小国主から天下人へ、不屈の精神で戦国を駆け抜けた男の壮大な物語。
幾多の戦乱を生き抜き、不屈の精神で三河の弱小国衆から天下統一を成し遂げた男、徳川家康。
本作は家康の幼少期から晩年までを壮大なスケールで描き、戦国時代の激動と一人の男の成長物語を鮮やかに描く。
家康の苦悩、決断、そして成功と失敗。様々な人間ドラマを通して、人生とは何かを問いかける。
今川義元、織田信長、羽柴秀吉、武田信玄――家康の波乱万丈な人生を彩る個性豊かな名将たちも続々と登場。
家康との関わりを通して、彼らの生き様も鮮やかに描かれる。
笑いあり、涙ありの壮大なスケールで描く、単なる英雄譚ではなく、一人の人間として苦悩し、成長していく家康の姿を描いた壮大な歴史小説。
戦国時代の風雲児たちの活躍、人間ドラマ、そして家康の不屈の精神が、読者を戦国時代に誘う。
愛、友情、そして裏切り…戦国時代に渦巻く人間ドラマにも要注目!
歴史ファン必読の感動と興奮が止まらない歴史小説『不屈の葵』
ぜひ、手に取って、戦国時代の熱き息吹を感じてください!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる