白狼 白起伝

松井暁彦

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雄飛

 十

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 白起が魏領の垣城一帯の宣撫せんぶを終え咸陽に帰還すると、咸陽宮の門前の前に見慣れた人影を認めた。自然と馬の脚並が早くなる。

「生きて帰ってきたぞ」
 鞍上あんじょうの白起を見上げた魏冄の顔は、病のせいで頬はこけていたものの不思議と闊達とした印象を受けた。放つ眼の光芒は強く、彼が手ぶらで帰ってきたのではないことは分かる。

「何故、洛陽に?」

「まぁ今に分かる」
 久しく目の当たりにした魏冄の笑みに、安堵する自分がいる。少なからず魏冄に依存する、自分がいるのだと改め認識させられる。今、思えば字の読み書きや白起の教育。白起が将軍として立身するまで、魏冄が彼の面倒を看続けていた。武王が父とするならば、魏冄は白起にとって兄のようなもの。また、魏冄から見ても白起は歳の離れた可愛い弟のようなものであった。互いに武王の宿願を胸に、これまで支え合って生きてきたのだ。依存は信頼の裏返しである。

「ともかく、秦王と引き合わせてくれ。白起将軍。今や俺は無位無官の身ゆえ、お前の手蔓なしではご尊顔を拝することも叶わぬ」
 自嘲気味に自らを貶めた、魏冄には悄然しょうぜんとする様子はない。むしろ、逆境に抗おうと燃えているように見えた。
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