白狼 白起伝

雄飛

四

　夢を視ていると分かる。いやに鮮明な夢だ。赤気せっき蠢く赤銅色の大地に、白き狼が黒き狼の群れに囲まれて、此方を眺めていた。白狼の眼は茫洋とした光に満ちている。

（ああ。俺はあの狼を知っている）
　一瞥し群れと共に背を向ける。豊かな白尾が乾いた風にあてられ緩やかに揺らめいた。白狼は群れを連れて、去っていく。

「待ってくれ！」と声を張り上げていた。群れは魏冄を無視して、なだらかな丘の向こうに消えようとしていた。

「あれはー」
　遥か先に灰色の厚い雲の隙間から射した、射光が宙を貫き、大地に光を齎している。

「階」意識するでもなく、ぽつりと言葉が漏れる。
　群れは階に向かおうとしているのか。そして、駆け上がろうとしているのか。階を駆け登った先には、何がある？あの御方が切望した景色が、その先に待っていると直感した。

「待ってくれ！俺も行く！」
　赤銅色の大地を裸足で駆ける。痛みはない。稲光が雲の狭間で起こった。
　ぽつりと頬を打った、雨は血だった。清明な血の臭気を孕んだ、雨が大地を血の海へと変える。血の臭気に寒気を覚えながら、狼達が登った丘の上に立った。
　
　群れは丘を下り、尚も進んでいた。先頭の白狼は、もう白狼ではなかった。体毛は血に塗れ、深紅に染まっていた。一行は粛々と進み続ける。だが、階との距離は一向に縮まっていない気がした。視界は血に沈んだ混沌たる世界。

　地平線の先に視える階が降り立つ地は、恵みのように光輝が降り立つ別世界だった。そう。まるで夢のような世界。血の旅路の終着点。しかし、無窮の旅路の終わりは視えない。
狗を餌で釣るように。天がありもしない、新天地を狼達―。そして、魏冄にわざとちらつかせているようだった。幻影。その言葉が脳裏を過った時、世界は急速に崩壊を始めた。