白狼 白起伝

松井暁彦

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面影

 四

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 この女も随分と垢抜けた。かつて遊牧民族の公女として、野天に晒され続けた褐色の肌は、白さを取り戻し、中原の文化に触れたことで、荒削りであった部分が綺麗に研がれた。派手な軟玉をあしらったかんざしも絹の装束も、それなりに似合うようになっている。


「将軍。旦那様はあいにく外出しております」
 柚蘭は裾をはためかせ、華が咲いたような笑顔を浮かべ、会釈した。

「分かっている。それと将軍などと呼ぶな。肌がむず痒くなる」
 柚蘭だけではなく、己も数年で大きく変わった。将軍などという大仰な地位を得て、今では従者を伴なわない移動を禁じられる始末。そして、何より背が伸びた。柚蘭と出逢った当初は、目線はほぼ変わらなかったが、今や柚蘭は白起を見上げている。

「おかしな人。出世したというのに、まるで恥じているような顔をなされる」
 くつくつと柚蘭が笑う。

 彼女の声をー。笑顔を眺めていると不思議な気持ちになる。爽やかな風が胸を通り抜けていくと、同時に胸を茨で締め付けられたような感覚に陥る。その二つの感覚は、矛盾している。だが、確かにその二つは、同時に押し寄せてくるのだ。

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