白狼 白起伝

松井暁彦

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合従軍戦

 二十三 

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 後方に控えていた、中山と趙が引き揚げた。魏、韓、斉からなる、三国合従軍は南に数十里後退。西の秦。東の斉。何方も群雄割拠する国々の中でも、一つ抜きん出た存在である。
 
 時勢を掴んだ今、後退した斉を徹底的に叩きたい所であるが、攻勢で秦軍も死力を尽くし疲弊している。残る斉・魏・韓は、派手な攻撃を仕掛けてくることはないはずだ。孟嘗君の狙いは痛み分けに変わった。苦肉の策であろう。
 
 三国は暫くの間、軍の一部を残し、函谷関に睨みを利かせる為、駐屯することになるだろう。狙いは秦の東進を阻むため。現状で孟嘗君がとれる、最上の策である。損害は合従軍の方が、圧倒的に多いのである。黄土は血に染まり、死屍累々ししるいるいたる有様だった。

「終わったか」
 
 魏冄は安堵の溜息を吐いた。とりあえず守り切って見せた。だが、之はという男の首級を挙げることはできなかった。この戦。一番の功労者は白起だった。彼が膠着した、戦端をこじ開けた。末恐ろしい才能だ。圧倒的な数の利をたった一人の少年がひっくり返して見せたのだ。血に塗れた掌を見遣る。感じる。時流を掴み取る感覚。武王の眼は確かだった。白起―。彼は時代―。艱難かんなんを切り拓く剣だ。


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