白狼 白起伝

松井暁彦

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合従軍戦

 十三

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 魏冄は唖然としたままだった。魏冄だけではない。現場の者全てが、眼の前の光景に呑まれていた。白起が率いる少年兵達が強弓を引き、的確に眼下の指揮官を射抜いた。そして、白起に至っては二里先にある、敵の本陣に矢を届かせた。お世辞にも、彼は体格に恵まれているとは言えない。彼の何処に、巨大な大弓を射る力があるのだろうか。
 
 皿のようになった眼が、白起を捉える。己の技量を誇るでもなく白起は顎でしゃくり、眼下を指した。眼下の敵は、突然頭上から降った矢に指揮官を射抜かれ騒然としている。指揮系統が麻痺している。すると、先ほど女墻を埋め尽くしていた少年兵と白起の姿が消えている。眼で追う間に、門が開かれる音がした。

「まさか。あの野郎」
 鯨波げいはが起こる。玄旗げんき―。黒い布地に白き狼の縫いとり。そして、旗の中央には天狼てんろうの文字が。この玄旗こそが白起率いる、天狼隊の軍旗である。

「討って出るつもりか」
 確かに今、敵は響めきのなかにある。それでも、函谷関の前には数十万を越える軍勢が拡がっている。白起率いる五百人隊―。天狼隊のみで、戦場を切り拓くなど不可能だ。いや違う。直ぐに安直な思考を振り払う。白起は物事の趨勢すうせいを読み違える男ではない。決断の為処しどころということか。涼しい顔をして門を潜り抜ける、天狼隊を少し憎らしく思えた。

「まったく達観たっかんした餓鬼だよ。お前は」
 魏冄は微苦笑し、楼閣に高位の指揮官を集めた。総勢百名の指揮官の顔を順に眺め、伝える。

「討って出るぞ。目障りな合従軍を追い払うには、今が絶好の機会だ」
 銘々に強く肯首する。

「では行くぞ。天狼隊へ続け」
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