白狼 白起伝

松井暁彦

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合従軍戦

 十一

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 空に轟音が鳴り響いた。雷かと思った。

「危ない‼」
 廉頗は胡床の上にある、孟嘗君の躰を突き飛ばした。槍のような矢が、孟嘗君が座していた、胡床を木端微塵にした。

「お怪我はありませんか。孟嘗君?」
 楽毅が慌てて、崩れる孟嘗君に駆け寄る。

「これはー」
 主の平原君は、砕けた胡床を前に呆然としていた。

「白起だ」
 灰色の孟嘗君の眼が、函谷関の上にきらり光るものを見つめている。

「莫迦な。我等の陣営は、函谷関より三里もあるのだぞ。その距離から孟嘗君を正確に狙ったというのか。有り得ない」平原君は愕然としていた。

「いや。白起という少年には其れができる」
 廉頗は地を深く、抉る矢を抜き去る。重量も矢ではなく、短槍と同等である。
 めつすがめつつ眺める。

「これほどの矢を射る者がいるとは」
 歩み寄った、楽毅の顔から血の気が失せている。

「楽毅。俺の強弓を持ってきてくれ」

「まさかーお前」
 したりと廉頗は嗤った。恐怖もあった。だが、不思議と心が昂っている。

(ふむ。孟嘗君が執拗に警戒する理由も分かる)
 岩山を駆け下りた、楽毅が強弓を手に戻ってくる。弓は八尺(180cm)を越える、廉頗の上背より高い。弦は強度を増す為、微量な鋼を撚り合わせている。

「届くのか?」

「さぁな。やってみる」
 
 地を抉った、空箭あだやを番える。番えてみて分かる。この矢、尋常ではなく重い。膂力りょりょくでは趙一番の自信がある廉頗でさえ、躰ごと持っていかれそうになる。この矢を射った、白起という男の姿を脳裏に思い浮かべる。きっといわおのような男なのだろう。
 
 弦を限界まで引き絞る。腕がきりきりと悲鳴を上げる。全身から汗が噴き出し、瞬きの間でさえ、気を抜けば矢はあらぬ方向へ飛んでいく。廉頗の鋼色の双眸が、函谷関を捉える。明滅を繰り返す光がある。まるで、己を煽るかのように。

「行けぇぇぇぇぇ‼」
 びゅん。風を巻きつけて、矢が放たれた。それは、光輝を放つ流星の如く、空を翔ける。
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