白狼 白起伝

松井暁彦

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合従軍戦

 十

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 黄昏時。女墻じょしょうに手をかけ、沈みゆく太陽を見遣る白起に、王齕が声を掛ける。

「いよいよですか」

「ああ。明日、沈んだ戦況を打破する。兵士達に強弓の準備をするように伝えておけ」

「御意に」
 退がろうとする、王齕を呼び止める。

「二人だ」

「は?」

「強い奴がいる」

「それほどですか?」

「ああ。警戒しておけ」
 分かる。五十万の軍勢の中に、恐ろしく強い力を持った二人がいる。まだ、活発に動き回っていないが、確実に潜んでいる。肌で感じるのだ。おそらくは、敵も己の存在に気が付いているのかもしれない。だとすれば、己が出れば首を狙ってくるはずだ。膠着した戦線が動く予感がする。

 
 翌日。払暁と共に開戦した。打ち寄せる波のように、合従軍の大軍が飽くこともなく、壁に押し掛ける。魏冄は楼閣で、重い瞼を擦る。全く辟易する。迫りくる大軍を前に、戦の終結がまるで視えないのだ。苛つきと共に、魏冄は楼閣の下―。歩墻に視線を薙いだ。

「あれはー」
 白起。そして、百名程の少年兵が女墻の上に横一列で並んでいる。後ろに控える少年兵等が、彼等に恐ろしく大きい弓を手渡す。無表情で受け取る、少年等。正しく異様。白起以外は野蛮人の如く、くつに至るまで皮の鎧である。

「何をする気だ」
 欄干らんかんを掴み、魏冄は強弓を手にする白起の姿を凝視した。これまた長く太さのある矢を、弓を構える少年達に手渡される。その鏃は、槍の穂先の如く鋭い。不意に白起が、食い入るように見つめる魏冄を見上げた。怜悧な目笑。

「構え‼」
 後方に控える、王齕が玄旗げんきを振るう。白起に続いて、彼の麾下が矢を番え構える。
 きりきりと弦が撓る音が、楼閣の魏冄にまで届く。

「放て‼」
 放たれた矢は竜巻を纏う龍のようだった。空鑿くうさくー。そして。通常の弓矢の倍以上の距離を飛躍する。
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