白狼 白起伝

松井暁彦

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合従軍戦

 五

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「作戦は?」
 隣に白起が立った。白銀の具足を纏った、白起は苛立ちを覚えるほどに平常心だ。

「ただひたすらに守り続ける」

「攻めないのか?」

「函谷関が抜かれれば秦は火の海に沈む」
 白起は何も答えず、峻厳しゅんげんな表情で斧鉞ふえつを鳴らしながら迫り来る、合従軍に眼を向けている。

「あそこに孟嘗君がいる。それと尋常ではない匂いを放つ猛者が二人」
 白起が唐突に指を差した方角は、東に位置する岩山の頂だった。距離としては約三里。凝視しても、魏冄の眼には何も映らない。

「分かるのか?」

「俺は鼻が利く」
 確かに白起の五感は、超人的なものがある。戦いの為に、生まれ落ちてきたような男だ。疑念を抱く余地はない。
 暫く東の方角を睨め付けた後、不意に視線を薙ぎ、白起は背を向けた。

「何処へ行く?」

「守戦なら、暫く俺の出番は無さそうだ。頑張って守り抜けよ。大将軍」
 掌を翩々へんぺんとさせ、白起は去った。

「ったく。可愛げのない餓鬼だ」
 魏冄は舌を鳴らし、東を睨んだ。白起が語る、猛者とは。大戦を前に、胸中を深い不安の瘴気が覆った。
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