白狼 白起伝

孟嘗君

十四

　白起は咸陽の複雑な構造を知悉ちしつしている。鳥瞰図ちょうかんずのように、城郭の地図が頭に記憶されている。

　獄舎を抜け、地下へと潜り込む。地下には王族だけが知る、秘密の抜け道が存在しており、出口は城壁の外へと繋がっている。
　
　孟嘗君は険しい顔で、白起の言葉の真意を必死に探ろうとしていたが、彼に放った言葉こそ真意なのだ。
　
　白起からすれば、現今は停滞であった。魏冄は明晰であるが故に慎重過ぎる。孟嘗君が讒言によって、囚えられたと知った時、口火を切るには此処しかないと直感した。
　
　人は停滞の中に、健やかな平和を求める。だが、偽りだ。少なくとも、あの人は其れを知っていた。だから、武力を以って天下統一を成し、未来永劫と続く理想郷を築こうとした。
　
　白起にとって、平和な世界などどうでもいい。武王は艱難かんなんを断ち斬り、未来を切り拓くー。役目を白起に与えた。初めて生に役割を与えられた瞬間であった。同時に拒絶された世界と一体になれたような感覚を全身で感じた。勿論、そんなことは有り得ない。
　
　俺は何処までいっても、世界の爪弾き者で孤独なのだ。。でも、たとえ存在意義がまやかしであってもいい。あの人が望んだこと。其れは俺が艱難に屈しない剣であることである。