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孟嘗君
十
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函谷関の門が開く音が、地鳴りのように天嶮たる渓谷の狭間に轟いた。
「旦那様。之が函谷関です」
従者が馬車の中で、田文に耳打ちした。
風が東よりからりと乾いている気がする。之が西夷の風かと思った。かねてより、新興の秦は、諸侯から野蛮なる国と卑下されるが、頬を撫ぜる風からは野蛮なものなど何も感じなかった。
門が引き起こす震動と轟音で、函谷関が如何に巨大な要塞であるか容易に想像できる。何万、何十万、何百万という兵士が、無念の内に函谷関の城壁を仰ぎながら死んで行ったことだろう。
函谷関への感興もそぞろに、田文の関心は別の所に向いていた。闇の中から突如として現れ、己の首に牙を剥けた、あの白き狼のことである。
(あの白き狼は、何かの啓示だったのか)
牙を剥けた狼は、身の毛がよだつほどの凶悪性を孕んでいた。しかし、不思議と存在からは卑しさのようなものは感じ取れなかった。あれから幾度も狼の存在を闇の中で探っているが、以降狼は姿を見せなかった。
親しくしている説客は、秦に行くことを執拗に止めた。だが、脳裏に狼の姿が焼き付いて離れないのだ。強烈な好奇心が、田文に秦への出立を促した。
「旦那様。之が函谷関です」
従者が馬車の中で、田文に耳打ちした。
風が東よりからりと乾いている気がする。之が西夷の風かと思った。かねてより、新興の秦は、諸侯から野蛮なる国と卑下されるが、頬を撫ぜる風からは野蛮なものなど何も感じなかった。
門が引き起こす震動と轟音で、函谷関が如何に巨大な要塞であるか容易に想像できる。何万、何十万、何百万という兵士が、無念の内に函谷関の城壁を仰ぎながら死んで行ったことだろう。
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