白狼 白起伝

松井暁彦

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孟嘗君

 一

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 翌年。秦王嬴稷えいしょくは国を挙げて加冠かかんの儀を行い、晴れて成人となった。だが、白起はくきから言わせれば形だけの成人だ。
 政務は放擲ほうてきし、ひたすらに深酒荒淫の毎日。政では魏冄ぎぜん宣太后せんたいこうが激しい権力闘争を繰り広げている。
 
 徐々に魏冄が押し始めていた。公子壮こうしそうの叛乱を未然に防いだ手腕と如何なる情況においても王を立てる謙虚な姿勢が、王の心をぐっと引き寄せた。
 そして、魏冄は加冠の儀と合わせて、魏で見つけた絶世の美女を嬴稷に贈った。雄狗のように盛んな、嬴稷は美女を貪り狂い抱いた。魏冄への信任は一層強くなり、同時に女と酒で嬴稷の脳は蕩け始めている。
 
 この年、嬴稷は楚王熊槐ゆうかい(後の懐王かいおう)と黄棘こうちょくの地で会見した。楚王が秦に盟約を求めてきたのである。
 
 楚が所有する領土は包囲五千里を超え、国内の壮丁そうていを徴兵すれば百万は超える。
 
 しかし、秦の恵文王けいぶんおうの頃、縦横家張儀じゅうろうかちょうぎの策により、楚は藍田らんでん藍田の戦いで秦に大敗し、凋落ちょうらくの一途を辿ることとなった。今や楚は火焔の如く成長を遂げる強秦を懼れ、和平を乞うてきたのである。
 
 楚の国力を大いに低下させた、今上の楚王は女色に耽溺し、暗君と悪罵されているが、今上の秦王もそう大して変わらない。しかし、決定的な違いは楚王が、自ら政務を取り仕切るということ。
 これは明晰な臣下達からすれば、太刀が悪かった。例え、王が暗愚でも臣下が優秀であれば、国は回る。だが、暗愚な上に自ら裁可を下すとなれば話は変わる。その点、今上の秦王は徹頭徹尾傀儡てっとうてつびかいらいであった。故に魏冄の手腕で国力は増して行った。

 盟約は成立し、秦は楚に和平の証として、上庸じょうようの地を与えた。今、宮廷内は保守派と革新派の真っ二つに割れていた。
 
 保守派は太后側。革新派は魏冄側である。保守派の主張は、できうる限り戦を避け、富国強兵に努めるというもの。革新派の主張は、積極に遠征を繰り返し、果ては諸国を伐ち、領土を拡大していき国力を高めて、秦の地盤を強固なものにしていくというもの。言わずもがな、その先には天下統一がある。
 だが、散々強硬論を説いていた魏冄は、楚との盟約について反対はしなかった。


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