白狼 白起伝

松井暁彦

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反撃

 四 

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 深更。公子壮の館には、日暮れにかけて続々と彼を支援する、公子達、大臣達が集っているという。屋敷に潜む、奴隷の孤児達の報せによると、既に屋敷内には千にも昇る兵士が集められているらしい。決起の日は、明日か明後日の深更といった所だろう。
 
 路地の壁を盾に、魏冄は公子壮の館を窺う。絶えず哨戒の兵士が張り付いている。門前には十人の兵士。にわびが四方に焚かれ、明らかに物々しい雰囲気が漂っている。 武装した力士達。白起率いる少年兵が路地の奥に潜む。

「は、母上―。は、母上―」
 剛健なる猛者達に囲まれて、合掌しひたすら祈りを呟くのは秦王嬴稷である。力士達。少年兵達は武断の王を知っている。比肩するも憚れる、今生の王を見遣って、怒りと沈痛が綯交ぜとなった、失望の念を面に湛えている。

「あれは遣い物にならんな」
 今や力士の長となった、任鄙にんぴが歩み寄り溜息交じりに言った。


「あれでも王なのだ。お前と烏獲うかくとでお守りしろ」
 諾々だくだくと承諾し、任鄙が持ち場に戻る。

「白起。此方へ」
 白起は先王から賜った具足を纏い、剣を佩き、背には短弓を携えている。産まれは卑賤かもしれない。それでも、煌びやかな具足に身を包んだ、その姿はさながら高貴な産まれの騎士に視える。

「見張りを殺せるか?」
 哨戒の兵を睨むと、腰の小刀を抜く。返事のつもりか、彼はとうを鳴らした。

胡傷こしょうきょう。続け」
 二人の少年は首肯すると、白起と共に夜陰に熔け込んだ。足音すら聞こえなかった。秋の闇夜に、かまびすしい虫の鳴き声が響き渡る。幸い朧月であった。城郭の闇は深い。

「うっ」と低い、短い悲鳴が虫の鳴き声に掻き消された。気付くと、哨戒の兵士四人は喉から血を流し、倒れていた。

「来い」と白起が合図を送った。

「大王様」
 嬴稷は両耳を抑え、瞼を閉じ、隅の方で兎のように縮こまっていた。任鄙と眼が合う。白起より遥かに贅を尽くした具足が擦れ、かそけき音を立てる。

「此処で大王様を御守りしてくれ」
 不満そうに唸る、二人の猛者を置いて、魏冄は合図を送った。皆が闇の中で動き出す。少年兵達が先に動く。白起に続き、横に長く伸びる周璧を静かに昇った。
 
 白起等は館に向かって矢を放つ。小さい響めきが起こった。臆すことなく、館へと飛び込んだ。鉄器の音。門が開いた。
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