白狼 白起伝

松井暁彦

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反撃

 三

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 宣太后が憚らず、舌を打つ。
「それが狙いか?」

「白起は非公式ながら、少年兵九人の長にあたります。彼等は白起の元、義渠ぎきょの技を習得し、その戦闘力は一小隊に値します。しかしながら、彼等の力を存分に引き出すには、長である白起の存在が必要不可欠。彼等は私にではなく、先王の遺志を継承する、白起に忠誠を誓っているのです」

「お前とたったの十人で、公子壮を撃ち払えると?」

「咸陽の兵は一切お借り致しませぬ。白起達少年兵。遺された力士達。最低限の兵力で公子壮の首を奪ってみせましょう」
 魏冄の目論見は分かっているはずだ。だが、現状は板挟み。弟との政争を選ぶか。他国との合従戦を選ぶか。答えは視えている。長嘆息の後、宣太后は悪意がこもった眼で弟をねめつけた。

「妾を出し抜いたなど思わぬことよ」
 振るった扇が、勢いよく開く。

「肝に銘じておきますよ。姉上」
 恭しく面を下げる。だが、下げた面には勝ち誇った笑みが刻まれている。

「公子壮、討伐の件はお前に全権を委ねよう」

「有り難く」

「しかし‼国内に不要な騒擾を齎す悪しき者共は、公子壮だけとは限らない。叛乱の萌芽は、公子壮を誅した所で燻ぶり続けるであろう。故に、大王様の御稜威みいつを国内に示さなくてはならない」

「母上?」
 嬴稷が戦慄きながら、目を丸くする。

「指揮は大王様が執られる」

(なるほど。そう来たか。この女。抜け目がないな)
 一瞥した魏冄に動揺は見られない。

(全て計算の内か)
 この兄妹。やはり、頭の切れは相当なものだ。互いに相手の一歩。十歩先を読んでいる。
 公子壮の討伐で、魏冄が自ら指揮を振るい、手柄を挙げれば、その分宮廷内での権勢は増す。
 だから、宣太后は苦肉の策として、王を陣頭指揮に立てることで、宮廷への注目を二分しようとしている。

「へっ?母上。私は嫌です。剣など振るったこともありません」
 吃音きつおんのように、何度も言葉に詰まりながら、肝の据わらない王は懇願するように、母の腕に縋りつく。

「大丈夫よ。貴方には狗が付いている。彼が貴方を守ってくれるわ」
 宣太后のたおやかな手が、小刻みに震える嬴稷の手に重ねられる。それを横目で確認すると、白起は鼻で嗤った。

「私はー。私はー。怖いです。母上」
 遂には、声を上げて泣き出してしまう始末。

「大王様。命に代えて御守り致します」
 魏冄の表情は澄んでいる。
 この駆け引き。魏冄にとっては及第点という所だったのだろう。

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