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その名は起
八
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どっと喧騒に包まれた。歓声は狂気に呑まれ、渦の中に嬴蕩が消えていく。腰に佩いた、王より賜った剣が小刻みに震えている。与えられたのは、剣だけではない。居場所と役割。俺は今や王の前に立ちはだかる、艱難を斬る剣なのである。
「白‼」
搔き消えてしまいそうな背中。精悍な顔は砂まみれている。だが、群衆の隙間から見せた横顔は、いつもの毅然とした王の横顔だった。穏やか笑みを浮かべていた。
「すまない。主が先に逝くことになるとはな」
全身から嘘のように火照りが引いていく。そして、胸がきりきりと擦られ痛む。息が思うようにできない。あらゆる痛みは知っている。だが、今確かに感じている痛みは、何よりも苦しくて辛い。
(何なのだ。これは)
ぽっかりと空いた、空間に王は膝をつく。王を挟むように、二人の兵士が立つ。一人が槍の柄の方で、王の顔面を打擲した。額から血が噴き出る。
(やめろ。その人に触るな)
擡げた頭を兵士が髪を掴み正した。項が露わになる。大刀を手にした、処刑人が王の傍らへ。
「起だ」
強い風が吹く。消え入りそうな声だったが、不思議と離れた位置にいる、白の元まで届いた。
「起―」
「そう。俺からの最期の贈り物だ。白起。其れがお前の名だ」
「俺の名」
王の頭上の雲烟が晴れ、黄金の光が地上に降り注ぐ。まるで、天が王の魂を迎えに来ているようだった。
「生きろよ。お前の人としての物語はまだ始まったばかりだ。これからのお前の生には、数え切れないほどの艱難が待ち受けているだろう。だが、挫けるな。何度も起き上がり、剣を振るえ。その先にお前の空洞を埋めるものがある」
にこりと王は笑った。砂に塗れ、髪は振り乱れていたが、王としての尊厳は失われていなかった。
大刀が振り上げられる。
「魏冄。白。夢を託すことになる。許せ」
無念のはずだった。なのに、最期の王の顔は澄んでいた。
血の華が視界を満たした。慣れているはずだった。無様な死―。凄惨な死は幾度となく、この眼が捉えてきた。
だがー。肚の底から突き上げてくる激情。黒い雷霆が全身を巡った。
咆哮していた。
「白‼」
搔き消えてしまいそうな背中。精悍な顔は砂まみれている。だが、群衆の隙間から見せた横顔は、いつもの毅然とした王の横顔だった。穏やか笑みを浮かべていた。
「すまない。主が先に逝くことになるとはな」
全身から嘘のように火照りが引いていく。そして、胸がきりきりと擦られ痛む。息が思うようにできない。あらゆる痛みは知っている。だが、今確かに感じている痛みは、何よりも苦しくて辛い。
(何なのだ。これは)
ぽっかりと空いた、空間に王は膝をつく。王を挟むように、二人の兵士が立つ。一人が槍の柄の方で、王の顔面を打擲した。額から血が噴き出る。
(やめろ。その人に触るな)
擡げた頭を兵士が髪を掴み正した。項が露わになる。大刀を手にした、処刑人が王の傍らへ。
「起だ」
強い風が吹く。消え入りそうな声だったが、不思議と離れた位置にいる、白の元まで届いた。
「起―」
「そう。俺からの最期の贈り物だ。白起。其れがお前の名だ」
「俺の名」
王の頭上の雲烟が晴れ、黄金の光が地上に降り注ぐ。まるで、天が王の魂を迎えに来ているようだった。
「生きろよ。お前の人としての物語はまだ始まったばかりだ。これからのお前の生には、数え切れないほどの艱難が待ち受けているだろう。だが、挫けるな。何度も起き上がり、剣を振るえ。その先にお前の空洞を埋めるものがある」
にこりと王は笑った。砂に塗れ、髪は振り乱れていたが、王としての尊厳は失われていなかった。
大刀が振り上げられる。
「魏冄。白。夢を託すことになる。許せ」
無念のはずだった。なのに、最期の王の顔は澄んでいた。
血の華が視界を満たした。慣れているはずだった。無様な死―。凄惨な死は幾度となく、この眼が捉えてきた。
だがー。肚の底から突き上げてくる激情。黒い雷霆が全身を巡った。
咆哮していた。
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