白狼 白起伝

松井暁彦

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王の誕生

 十六

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 白達は平野に出て、適当な場所を見つけて訓練を繰り返していた。

「次、王齕と李莞りかん。前へ」

 白を含め八名が作る輪の中央で、二人の少年が剣を抜き放った。上背だけでいえば、王齕は恵まれているといえる。同年の少年等より頭が一つ飛び抜けている。だが、彼は己の恵まれた体躯の遣い方を知らない。対する李莞は十名の中では一番に背が低い。単純な膂力りょりょくでは王齕には敵わないが、彼には短躯を生かした素早さがある。何より、己の特性をよく理解している。二人は挑発を繰り返し合い、雄叫びと共に剣を振り上げた。

(駄目だ)
 王齕の振りが大きすぎる。あれでは、自ら敵を懐に誘い込むようなものだ。力に恃み過ぎている。剣花が散った。一振りの剣が宙を舞い、風を巻き込む地に突き刺さった。王齕の喉元には、李莞の剣尖が。項垂れる王齕の元まで歩み寄る。

「来い」
 間髪を入れず、彼を叩き起こす。

「お前達は続けていろ」

「はい!」
 少し離れた位置まで、王齕を連れて行く。

「まるで見込みがないな」
 抑揚のない声で告げる。王齕は怒らせた眼を向ける。

「剣は暫くいい。まずは体術だ。俺が躰の遣い方を教えてやる」

「何故、俺を?」
 意外といった表情をしている。除隊を宣告されるとでも思っていたのだろう。


「干し肉の礼がある」

「たった、それだけのことでー。お前の気持ちは嬉しいが、俺には才能がないよ」

「諦めて奴隷に戻るのか?」

「それはー」
 王齕は口ごもる。

「奴隷の価値なんて、所詮は畜生以下だ」
 困窮極まる時代である。奴隷は家畜より値の低い。白の言葉は、決して大袈裟のものではない。

「何かを手に入れたいなら戦え。親もいなければ、身一つのお前達が現状を変えるには、命を懸けることしか道は残されていない。それが嫌ならば、魏冄の館で家畜以下の惨めな生き方を続けるがいい」
 斟酌しんしゃくのない直言に、王齕の眼に涙が浮かぶ。

「惨めに生きたくはない」
 結んだ唇の端からは、一筋の血が垂れる。

「だったら泣くな。遣い物になれるよう、俺がお前を一から鍛え上げてやる」

「俺…やるよ」
 王齕は袖で強く涙を拭った。不退転の覚悟が、彼の放つ気魄からは読み取れる。

「お前には才がない。だからこそ、連中よりも濃い鍛錬が必要になる。血反吐を吐く思いをすることになる。後悔するなよ」
 王齕は首肯し、双の拳を構えた。
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