白狼 白起伝

松井暁彦

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王の誕生

 八

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「俺にはたねがない」
 白が目を丸くして、首を傾げた。

「つまり、子を残せないってことだよ。子を残せないなら、女を抱いても仕方ない」
 語りたくはない、己の瑕疵である。それでも不思議と白の前では、羞恥心は湧いてこない。

「そんなものなのか」

「そんなものだ。子を残せない王は、王として欠陥品。俺は己の欠陥を他の部分で補おうとしているだけさ」

「だから、寝る間もなく働くのか?」

「まぁ、それも一理あるが。一番はより早く夢に近づきたいからだ」
 更に酒を要求し呷る。本来、酒は強い方ではない。図体に対して、躰の造りは意外に繊細だったりする。

「夢―」
 まるで年端のいかない童のように、白は訥々と繰り返した。

「お前にはないのか?」

「何が」

「夢だよ」

「必要ない」
 断ち切るように白は即答した。

「そうか」
 白の眸に生者たる光はない。彼は塗炭とたんの苦しみの中にいる。だが、自身が苦しみに身を灼かれていることに気が付いていない。夢すらも自由に抱けない少年。これほど残酷なことがあるだろうか。

「でもー」
 白は進んで、瓶子に酒を注いだ。

「でも?」
 鸚鵡返おうむがえ返す。見つめた白の眸の最奥に何かが揺らめているのが視えた。吹けば吹き飛びそうなほど柔い煌めき。それでも、肌が触れ合いそうな位置にいる白から、微かな熱を感じた。紛れもない人の温もりだ。
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