白狼 白起伝

松井暁彦

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王の誕生

 七

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 刺客は日々、止むことなく送り続けられる。その出元は、大凡予想が付いている。黒幕を放逐するのは難しいことではない。俺は王なのだ。指示一つで万事が動く。
 
 だが、王である俺が動けば、幼い異母兄弟を巻き込むことになる。果てに待つは、凄惨な結末しかない。甘いといえばそれまでだ。それでも、異母兄弟達は己と同様に政治の道具でしかないのだ。

(まったく、暗澹あんたんとした心地にさせてくれやがる)
 白を呼んで、瓶子へいしに酒を注がせる。

「意外だ」
 瓶子に口を付けようとした時、白が唐突に言った。

「何が?」

「王はもっとやりたい放題しているものだと思っていた」

「酒や女に溺れたりか」

「そう」

「酒は好きだが嗜む程度でいい。女はー」
 逡巡はあったが、白になら己の瑕疵かしを語っていいと思った。それほどに、白を信頼し始めている。 
 白は殺しにおいて、躊躇はなく、欲望や主張といったものもまるでない。平淡へいたんと言ってしまえばそこまでだが、彼の中には本来、人である以上、求めるべきものがまるでない。欠落ー。それほど生易しいものではない。天は彼から、力の代償として、心の大分を奪い去った。故に時勢を見極め、追従するばかりの佞臣共ねいしんどもより、よほど信頼が置けるのだが、彼の若い身空を想うと、あまりにも重い代償だ。

 己が白の歳の頃には、権謀術数が渦巻く宮廷に生まれ落ちたことを、幾度も呪ったことがあった。それでも、白より遥かに恵まれていると思う。両親を義渠に殺され、義渠の死に兵として生き、ひたすらに血の雨の中で生き続けてきた白よりは。

(いずれにせよ。天もえげつないことをしやがる)

 

 

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