白狼 白起伝

松井暁彦

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王の誕生

 五

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 秦王嬴駟えいし薨去こうきょし、恵文王けいぶんおう諡号しごうが贈られた。同時に太子嬴蕩が践祚し、王の位に就いた。
 
 喪が明ける頃には、王の装いを整えた嬴蕩が恵文王の遺臣である司馬錯しばさくに宿敵楚の討伐を命じた。司馬錯は半年も掛からずに、楚の領地しょうの二地を奪い取って見せた。

 かつて孝王の頃に仕えた、法律家商鞅しょうおうが封ぜられた商・於を黔中郡けんちゅうぐんとした。皮肉なことに性急な法の改変を行い、国の中枢に権力を集中させる取り組みとして、郡県制の重要性を説いた、商鞅のかつての封地に郡が置かれたのである。
 
 恵文王に疎まれ、誅殺された商鞅も今やあの世で嘲笑っていることだろう。玉座に鎮座する、嬴蕩の双眸は、轟々と盛る烈火の炎を宿し、魁偉から覇気が漲っている。
 
 嬴蕩の政務は苛烈を極めていた。恵文王が卒して、間もなく頃合いを窺っていた六国は、密かに合従し軍勢を差し向けようと画策したが、嬴蕩は敢然と向き合い、土地の割譲を求める使者達を送り返し、六国の軍勢と相対する覚悟で函谷関に軍を集中させる構えを見せた。六国は新たな秦王の並々ならぬ覚悟と王器に圧倒される形で、出師すいしせずに服従を誓った。
 
 また、嬴蕩が嫌っていた、張儀が逃げるように魏へと赴いた。

「魏と斉を争わせ、魏と韓を討てるだけの隙を作ってみせます」
 張儀は滔々とうとうと語ったが、嬴蕩は口先だけがやたらに回る縦横家の話など、露ほどもあてにしていなかった。想定内で張儀が魏に到着すると連絡が途絶えた。別段、怒りもなければ失望もない。口先で得られる天下などありはしないのだ。哀しき哉、この世界は良くも悪くも単純な力がものをいう。
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