白狼 白起伝

松井暁彦

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白という少年

 五

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 翌日。魏冄に連れていかれたのは、瀟洒しょうしゃな館だった。館は宮門を潜った先にあり、土地は広大で、端から端へと視線を送るが、屋敷の全容を測ることはできない。紅墻紅墻こうしょうが廻る、一角を魏冄は東宮とうぐうと呼んだ。
 
 小綺麗な使用人が荘厳な門闕を開き、請じ入れられた先に待っていたのは、殺風景な院子に並ぶ五十余りの力士達。そして、白に頭突きを食らわせた魁偉かいいの偉丈夫だった。
 偉丈夫は太子であるという。嬴蕩は白が想い描く王子の姿とは、およそ掛け離れている。幼き頃より、義渠の奴隷として生きてきた白にとって、高度な文明を持つ秦の太子がこれほどまでに軍人然としていることは予想外だった。

「試験だ、白。白打くみうち猛説もうせつに打ち勝ってみせろ。勝てば生かす。敗ければ死ね」放り出される格好で力士がつくる、輪へと入る。
 
 四肢を盛り上げた、大男が待っていた。対峙する二人を、何が面白いのか嬴蕩は半笑いで、魏冄は無表情で見つめている。奴隷となってから、生殺与奪の権は己にない。現状も何ら変わらない。己の生殺与奪の権は、いけ好かない太子殿が握っている。命じられたことやる。それは、奴隷として自由を得なかった白の骨髄に、悲しいまでに染み渡っている。

 

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