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白という少年
三
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外の空気にあたりたくなり寝所を出る。すっかり夜は更けていた。朧月が鈍い蒼光を放つ。院子に出ると、数人の使用人の足音が聞こえた。白髪の少年が、婆やを始め三人の使用人に連れられて、魏冄の前に引き出された。
(ほう。これはなかなか)
蓬髪は解かれ、肩まで真っ直ぐに伸びた髪は艶やかに光を放っている。そして、今気が付いたことだが、少年の眉毛、睫毛に至るまで穢れなき白であった。嫌でもこの少年の相貌は白き狼を髣髴させる。体毛が白いことを除けば、少年はなかなかの美形であった。瞳は真円。肌は白く、肌理が細かい。唇は薄桃色でほどよく湿っている。男色受けもするだろう。
暴色の姉とは引き合わせない方がいい。無理矢理に押し付けられた格好であっても、少年は太子の所有物なのだ。姉に取り上げられるようなことになれば、要らぬ諍いが生まれる。使用人を外し、代わりに具足姿の部下が三人ほど少年を囲む。彼等の手は、剣の柄にある。
「何故、生かした?」
少年の第一声だった。
「俺に訊くな」
嘲るように言い放つ。少年は鼻白むこともなく、ただ虚ろな眼を魏冄に向ける。徹頭徹尾、少年から感情の機微というものを感じ取ることができなかった。神気を漲らせていた、少年とは別人のようである。
「北の生まれではないな。顔つきが連中とは違う」
何ら感慨もなく、少年は小さく首を縦に振った。
「奴隷か」
「だったら」
「なるほど。お前が一騎で反転したのも、主を生かす為か」
逃げた義渠達は、奴隷である少年に死に兵になることを命じたのだ。
「奴隷の遣い道って、そんなものじゃないのか」
まるで他人事のように言ってくれる。この少年は、己の生に関心がないのだろうか。
「死が怖くないのか?」
「はぁ。なんで?」
逡巡なく、少年は竹を割るように即答した。
「死なんて、そこら辺にごろごろと転がっているものだろ。あんたにも俺にも等しく、死は訪れる。それが早いか遅いかの違いしかない」
強がりなどではない。この少年は徹底して、死に対しての懼れを持たないのだ。穢れもなければ、光もない澄明な双眸が証左している。
「元の生まれは?」
「覚えてない。餓鬼の頃、両親を義渠の連中に殺された」
にべもなく答える。
「今も餓鬼だ」
挑発するように鼻で嗤ってやる。少年の感情の動きが見たかった。だが、少年は首を竦め、軽くいなす。
「話を戻す。何故、俺を生かした?」
「さる御方が、お前の力量にご執心でね。お前は、その御方に命を救われたのさ」
「あの頭突きを食らわせた野郎か」
少年は腫れた額に手を触れる。
「救われたか。所有物になったの、間違いだろ。で、あんたは?」
「奴隷に名乗る名はない。ただお前を預かり受けた」
空疎な眼を眇める。
「義渠では強い男が王だったぞ。秦では餓鬼の俺に斬られるような男でも、地位を得ることができるのか。生温い国だ」
怒髪天を衝いた。気が付けば、拳を振り下ろしていた。頬を殴られた少年は、勢いよく地に倒れ込む。
「思いあがるな。蛮族の奴隷如きが。所詮、お前は所有物に過ぎない。お目に叶わなければ捨てられる。その時は、俺が直々に斬り殺してやる」
血反吐を吐きながら、魏冄をねめつけた少年の眸は、またしても空虚であった。
(殺したいなら、殺すがいい)
怯懦はない。より一層、魏冄の怒りを誘った。殴る蹴るを繰り返し、半殺しにまで追い詰めると私兵に言い放つ。
「厩に繋げ。蛮族の奴隷だ。部屋を与えるなど勿体ない。馬と寝かせておけ」
(ほう。これはなかなか)
蓬髪は解かれ、肩まで真っ直ぐに伸びた髪は艶やかに光を放っている。そして、今気が付いたことだが、少年の眉毛、睫毛に至るまで穢れなき白であった。嫌でもこの少年の相貌は白き狼を髣髴させる。体毛が白いことを除けば、少年はなかなかの美形であった。瞳は真円。肌は白く、肌理が細かい。唇は薄桃色でほどよく湿っている。男色受けもするだろう。
暴色の姉とは引き合わせない方がいい。無理矢理に押し付けられた格好であっても、少年は太子の所有物なのだ。姉に取り上げられるようなことになれば、要らぬ諍いが生まれる。使用人を外し、代わりに具足姿の部下が三人ほど少年を囲む。彼等の手は、剣の柄にある。
「何故、生かした?」
少年の第一声だった。
「俺に訊くな」
嘲るように言い放つ。少年は鼻白むこともなく、ただ虚ろな眼を魏冄に向ける。徹頭徹尾、少年から感情の機微というものを感じ取ることができなかった。神気を漲らせていた、少年とは別人のようである。
「北の生まれではないな。顔つきが連中とは違う」
何ら感慨もなく、少年は小さく首を縦に振った。
「奴隷か」
「だったら」
「なるほど。お前が一騎で反転したのも、主を生かす為か」
逃げた義渠達は、奴隷である少年に死に兵になることを命じたのだ。
「奴隷の遣い道って、そんなものじゃないのか」
まるで他人事のように言ってくれる。この少年は、己の生に関心がないのだろうか。
「死が怖くないのか?」
「はぁ。なんで?」
逡巡なく、少年は竹を割るように即答した。
「死なんて、そこら辺にごろごろと転がっているものだろ。あんたにも俺にも等しく、死は訪れる。それが早いか遅いかの違いしかない」
強がりなどではない。この少年は徹底して、死に対しての懼れを持たないのだ。穢れもなければ、光もない澄明な双眸が証左している。
「元の生まれは?」
「覚えてない。餓鬼の頃、両親を義渠の連中に殺された」
にべもなく答える。
「今も餓鬼だ」
挑発するように鼻で嗤ってやる。少年の感情の動きが見たかった。だが、少年は首を竦め、軽くいなす。
「話を戻す。何故、俺を生かした?」
「さる御方が、お前の力量にご執心でね。お前は、その御方に命を救われたのさ」
「あの頭突きを食らわせた野郎か」
少年は腫れた額に手を触れる。
「救われたか。所有物になったの、間違いだろ。で、あんたは?」
「奴隷に名乗る名はない。ただお前を預かり受けた」
空疎な眼を眇める。
「義渠では強い男が王だったぞ。秦では餓鬼の俺に斬られるような男でも、地位を得ることができるのか。生温い国だ」
怒髪天を衝いた。気が付けば、拳を振り下ろしていた。頬を殴られた少年は、勢いよく地に倒れ込む。
「思いあがるな。蛮族の奴隷如きが。所詮、お前は所有物に過ぎない。お目に叶わなければ捨てられる。その時は、俺が直々に斬り殺してやる」
血反吐を吐きながら、魏冄をねめつけた少年の眸は、またしても空虚であった。
(殺したいなら、殺すがいい)
怯懦はない。より一層、魏冄の怒りを誘った。殴る蹴るを繰り返し、半殺しにまで追い詰めると私兵に言い放つ。
「厩に繋げ。蛮族の奴隷だ。部屋を与えるなど勿体ない。馬と寝かせておけ」
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