楽毅 大鵬伝

松井暁彦

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決別

 四

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 魏竜が最悪の報せを齎した。

「斉王は東へ逃げるつもりだ」
 魏竜は楽毅の心情を、一番に理解しているだけに、沈痛な面持ちで告げた。

「そうか」
 一つ息を漏らした。

「どうかしたか?」
 昌国しょうこく官衙かんがの一室を軍議室とし、今は各国の名代達が居並んでいる。
 問うたのは、魏の孟嘗君もうしょうくんだった。

「斉王が臨淄を捨て、東への逃亡を図っているようです」
 ざわつく。白起はくきを一瞥する。嘲笑っていた。
 忿怒が込み上げて来る。

「楽毅将軍の意向で、斉王に猶予を与えていたがここまでだな。一国の主が守るべき、民を見捨てて、逃亡とは何と愚かな」
 楚の上柱国子良じょうちゅうこくしりょうが吐き捨てるように悪罵したが、頬は昂奮で上気していた。
 臨淄での略奪が待ち遠しいのだろう。

「斉王は降伏せず、王位を明け渡すことを拒絶した。反攻の意志があるとみえる」
 韓の暴鳶ぼうえんが言う。
 
 銘々が意見を告げていく。廉頗れんぱ平原君へいげんくんは発言せず、耳を傾けている。
 
 楽毅と距離の近い、彼等は魏竜同様に心情を汲んでくれている。
 だがー。

(もうこれ以上、名代達の主張を抑えこむことはできない)
 楽毅は瞼を閉じ、束の間、瞑想した。喧々諤々けんけんがくがくと意見を交わす、名代達の声が間遠になっていく。心が凪いだ瞬間。覚悟は決まった。

「孟嘗君」
 孟嘗君を紺碧の眼で、真っ直ぐに見据えた。

「ああ」
 短く孟嘗君は答えた。顔面は蒼白だが、楽毅の視線から逃れようとはしない。

「明日、払暁と共に、軍を臨淄に向かわせます」
 おおと歓声が上がった。
 
 楽毅は立ち上がり、「では、各々方進発の準備を」と告げて楽毅は、軍議室を後にした。
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