楽毅 大鵬伝

松井暁彦

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燕王

 四

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「見事だな」
 正門を抜け、城郭に足を踏み入れた瞬間、燕の民が放つ熱量が、津波のように一行を襲った。市井は活気に溢れている。魏の梁とは違い、人民は一様に前を見据え、溌剌はつらつとした表情を浮かべている。
 
 仲通りでは二十歩ほどの幅に、荷馬車が渋滞を起こし、ながえが擦れ合っている。市場の近くまで人の波にのまれながら、歩みを進めれば、雑然と露店が並んでいる。
 露店のひさしの下には、こもが敷かれ、学者然とした男達が、丁々発止ちょうちょうはしの議論を繰り広げている。

「西通りを突き当りまで行け。其処に宿舎を用意させてある」
 蘇代は燕の殷賑いんしん慣れているせいか、顔色も変えず、一行に告げた。

「あんたは?」

「私も色々と忙しい身でね。次は斉王と謁見した後、宋へ行かねばならない」

「あんたは燕の臣下だろ。斉と燕は犬猿の仲のはずだ」

「物事は複雑に絡み合っている。斉王にまみえるからといって、私の言が必ずしも、斉の与力となるとは限らない」
 楽毅は胡乱うろんな気配を感じ、眉根を顰めた。

「兄も裏で燕に仕え、表では斉に仕えた。結果、兄は斉の閔王びんおうを誑かし、燕の為に財政を疲弊してみせた」

「あんたも同じことを?」
 問いには答えず、蘇代は屈託なく、片目を瞑ってみせた。

「今に分かる。また会おう。蒼き若者よ」
 颯爽と蘇代を乗せた、馬車は引き返し、黒山の中に消えて行った。
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