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燕王
三
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蘇代の話によると、現王の昭王即位直後は、国内はもっと殺伐としていたようだ。国内の騒擾に乗じての、斉の派兵。
領土は悉く奪われ、昭王が擁立され、滅亡の危機は逃れたものの狡猾なる楼煩、東胡といった、蛮夷がこれ幸いと、幾度も国境線を侵した。
蘇代の兄、蘇秦が燕に遊説した時、彼は燕をこのように称している。
「燕の土地は、包囲二千里を超え、武装の兵力数十万、戦車六百乗、軍馬六千匹、軍糧は数年を支えるに足ります。南には碣石・雁門の豊饒を控え、北には棗棗、栗の収穫があり、民は田作せずとも自給でき、いわゆる天府の地である」
蘇秦は燕で策士として用いてもらう為に、燕王の謁見を果たした訳であるから、言に誇張は含まれているだろう。それでも、内乱により荒れる前は、燕はそれほどに雄大な国であった。
しかし、斉の北藩(藩屏の意)と成り下がった直後は、昭王は若く、同時に国内の賢臣達は、内乱に巻き込まれ多くが命を落とし、長大な領土の半分以上は、斉の統治下にあった。
蘇秦が締結させた、秦に対抗する為の六国合従は反故になっていたし、山東の覇者である斉の権威を懼れて、塗炭の苦しみの中にある、燕にどの国も手を差し伸べることはなかった。
当時の昭王の心中を慮る。四肢を引き裂かれるような想いであったに違いない。しかし、成長した昭王の事績を辿れば、彼が如何に優れた為政者であるのか読み取れる。
各地から貴賤を問わず、賢者、勇士を招聘し、国力強化に努め、苦心させられたであろう、蛮夷への対応策としては、秦開将軍を北の国境線に派遣し、跳梁する蛮夷を剿滅した後、長城を築かせている。
都に向かう道のりは、終始穏やかであった。道は整備され、集落には活力がある。並大抵の労苦ではなかったはずだ。昭王の執念が窺える。果たして、その執念の淵源には、何があるのか。
蘇代の口ぶりから察するに、昭王は相当に斉を憎んでいる。さもありなん。斉によって、国を蹂躙されたのである。
だが、楽毅は英邁な君主であっても、復讐の権化となった主に仕える気はない。畢竟。戦に善悪の概念はない。しかし、志は必要なのだ。志なき刃は、狂人が振るう刃と同義である。
「さぁ。見えてきましたよ」
蘇代の驂乗りを務める、従者が北の方角を指さして言った。
「あれが」
沃野に、突如として現れる、重厚な城壁に守られる都、薊。趙の邯鄲に負けず劣らず、壮大な都である。
城郭内に住まう、人民の熱量が、潮を孕んだ風に乗って運ばれて来る。一見しただけでは、近しい過去に滅亡の危機に瀕した、国の都とは思えない。鞍上の上で唖然とする、三人を見遣り、蘇代は勲を誇るように告げる。
「気に聡い、お前達三人なら感じるはずだ。之が燕という国が内包する熱量だ」
領土は悉く奪われ、昭王が擁立され、滅亡の危機は逃れたものの狡猾なる楼煩、東胡といった、蛮夷がこれ幸いと、幾度も国境線を侵した。
蘇代の兄、蘇秦が燕に遊説した時、彼は燕をこのように称している。
「燕の土地は、包囲二千里を超え、武装の兵力数十万、戦車六百乗、軍馬六千匹、軍糧は数年を支えるに足ります。南には碣石・雁門の豊饒を控え、北には棗棗、栗の収穫があり、民は田作せずとも自給でき、いわゆる天府の地である」
蘇秦は燕で策士として用いてもらう為に、燕王の謁見を果たした訳であるから、言に誇張は含まれているだろう。それでも、内乱により荒れる前は、燕はそれほどに雄大な国であった。
しかし、斉の北藩(藩屏の意)と成り下がった直後は、昭王は若く、同時に国内の賢臣達は、内乱に巻き込まれ多くが命を落とし、長大な領土の半分以上は、斉の統治下にあった。
蘇秦が締結させた、秦に対抗する為の六国合従は反故になっていたし、山東の覇者である斉の権威を懼れて、塗炭の苦しみの中にある、燕にどの国も手を差し伸べることはなかった。
当時の昭王の心中を慮る。四肢を引き裂かれるような想いであったに違いない。しかし、成長した昭王の事績を辿れば、彼が如何に優れた為政者であるのか読み取れる。
各地から貴賤を問わず、賢者、勇士を招聘し、国力強化に努め、苦心させられたであろう、蛮夷への対応策としては、秦開将軍を北の国境線に派遣し、跳梁する蛮夷を剿滅した後、長城を築かせている。
都に向かう道のりは、終始穏やかであった。道は整備され、集落には活力がある。並大抵の労苦ではなかったはずだ。昭王の執念が窺える。果たして、その執念の淵源には、何があるのか。
蘇代の口ぶりから察するに、昭王は相当に斉を憎んでいる。さもありなん。斉によって、国を蹂躙されたのである。
だが、楽毅は英邁な君主であっても、復讐の権化となった主に仕える気はない。畢竟。戦に善悪の概念はない。しかし、志は必要なのだ。志なき刃は、狂人が振るう刃と同義である。
「さぁ。見えてきましたよ」
蘇代の驂乗りを務める、従者が北の方角を指さして言った。
「あれが」
沃野に、突如として現れる、重厚な城壁に守られる都、薊。趙の邯鄲に負けず劣らず、壮大な都である。
城郭内に住まう、人民の熱量が、潮を孕んだ風に乗って運ばれて来る。一見しただけでは、近しい過去に滅亡の危機に瀕した、国の都とは思えない。鞍上の上で唖然とする、三人を見遣り、蘇代は勲を誇るように告げる。
「気に聡い、お前達三人なら感じるはずだ。之が燕という国が内包する熱量だ」
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