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空を求めて
七
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堂間及び三つある室を、張順、春櫂、楽毅の三人で雑巾掛けを済ませる。楽毅は双肌を脱ぎ、一息つくと共に、腕で額の汗を拭った。
「旦那様」
おずおずと春櫂が、水の入った椀を差し出した。
「有難う」
心地よい疲労感に身を委ねながら、一角だけ雑草が刈り取られた庭を見遣る。
(あと三日は必要だな)
冷たい水を喉に流し込む。 張順も後から合流し、二人が並んで、神妙の眼差しを向けていることに気づく。
「どうした?」
問うた直前、司馬炎と魏竜が帰った。
魏竜はにこりと笑い、「ほら」と告げて、張順と春櫂に、それぞれ包みを手渡した。
「あのこれは?」
張順が訊く。
「開けてみろ」
二人は困り顔ながらも、包みをそっと開いた。
「あっ」
同時に驚嘆の声が上がる。
「悪いな。館を与えられたとはいえ、俺はまだ布衣の身だ。大した物を用意してやることは、できなかったが、今は之で辛抱してくれ」瞠目する二人。張順には鶯色の平服。春櫂には桃色の平服が腕の中にある。
沈黙。
「気に入らなかったか?」
小刻みに震える腕。そしてー。二人は突然、大粒の涙を流した。
「旦那様。どうして我々、下々の者に、このような立派な御召しものを」
張順は嗚咽交じりに訊いた。
「罪滅ぼしのつもりなのかもしれない」
遠い眼で返した。
「罪滅ぼしですか?」
春櫂は赤い眼差しを向ける。
中山が滅び、平原君と共に、秦との合従戦へ参加する折、楽毅達は代軍に編成されて、亡国の民の姿を見た。
鬱々と下を向いて、死地へ行進する、彼等の姿は、冥府へ向かう幽鬼の如しであった。
力のない、己に何もしてやれることはなかった。心の毬は、剣尖のように鋭く、己の心を裂いた。
魏へ赴いて、梁に住まう民達の姿を、中山の民と重ねてしまったのかもしれない。情況こそ、亡国の民より酷いものではないにしろ、梁の民が纏う、暗澹たる気配からは似たようものを感じる。
彼等に施した所で、置き去りにした、中山の民が救われる訳ではない。だが、せめて、複雑な縁によって、楽毅の元にやってきてくれた、二人には辛く苦しい想いはさせたくなかった。未だ、己には何の力もない。それでも、司馬炎、魏竜、張順、春櫂の四人。己の手の届く範囲にいる、家族達は守ってやりたいと思う。
「旦那様。私、今が人生で一番幸せでございます」
春櫂は赤らめた無垢な眸を輝かせて、花が咲いたような笑顔を向け、桃色の服を抱きしめた。
「旦那様」
おずおずと春櫂が、水の入った椀を差し出した。
「有難う」
心地よい疲労感に身を委ねながら、一角だけ雑草が刈り取られた庭を見遣る。
(あと三日は必要だな)
冷たい水を喉に流し込む。 張順も後から合流し、二人が並んで、神妙の眼差しを向けていることに気づく。
「どうした?」
問うた直前、司馬炎と魏竜が帰った。
魏竜はにこりと笑い、「ほら」と告げて、張順と春櫂に、それぞれ包みを手渡した。
「あのこれは?」
張順が訊く。
「開けてみろ」
二人は困り顔ながらも、包みをそっと開いた。
「あっ」
同時に驚嘆の声が上がる。
「悪いな。館を与えられたとはいえ、俺はまだ布衣の身だ。大した物を用意してやることは、できなかったが、今は之で辛抱してくれ」瞠目する二人。張順には鶯色の平服。春櫂には桃色の平服が腕の中にある。
沈黙。
「気に入らなかったか?」
小刻みに震える腕。そしてー。二人は突然、大粒の涙を流した。
「旦那様。どうして我々、下々の者に、このような立派な御召しものを」
張順は嗚咽交じりに訊いた。
「罪滅ぼしのつもりなのかもしれない」
遠い眼で返した。
「罪滅ぼしですか?」
春櫂は赤い眼差しを向ける。
中山が滅び、平原君と共に、秦との合従戦へ参加する折、楽毅達は代軍に編成されて、亡国の民の姿を見た。
鬱々と下を向いて、死地へ行進する、彼等の姿は、冥府へ向かう幽鬼の如しであった。
力のない、己に何もしてやれることはなかった。心の毬は、剣尖のように鋭く、己の心を裂いた。
魏へ赴いて、梁に住まう民達の姿を、中山の民と重ねてしまったのかもしれない。情況こそ、亡国の民より酷いものではないにしろ、梁の民が纏う、暗澹たる気配からは似たようものを感じる。
彼等に施した所で、置き去りにした、中山の民が救われる訳ではない。だが、せめて、複雑な縁によって、楽毅の元にやってきてくれた、二人には辛く苦しい想いはさせたくなかった。未だ、己には何の力もない。それでも、司馬炎、魏竜、張順、春櫂の四人。己の手の届く範囲にいる、家族達は守ってやりたいと思う。
「旦那様。私、今が人生で一番幸せでございます」
春櫂は赤らめた無垢な眸を輝かせて、花が咲いたような笑顔を向け、桃色の服を抱きしめた。
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