楽毅 大鵬伝

松井暁彦

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鵬程万里

 三

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  武霊王率いる、趙の中軍は、中山の西南に位置する、封竜ほうりゅうに宿陣していた。自ら漆黒の具足を纏い、大幕舎で胡床に腰を下ろし、机に広げた中山の地図を睨んでいる。
 
 猛禽もうきんの如く眼。鼻梁に走る向こう傷。頬、おとがいを覆う黒髭。正に海千山千うみせんやませんの古強者の相貌。
 
 彼こそ現今の趙王―。後の諡号しごうを武霊王といい、旧態依然とした、趙の国政に革命を齎した、武断の王である。
 
 幕舎内には、武霊王を上座に、十人ばかりの主だった将校が集められている。
 彼等は一様に押し黙り、銘々に険しい表情を浮かべる、王の様子をちらりと窺う。武霊王が放つ覇気は、幕舎に集められた、生え抜きの軍人達を凌駕するものがある。

「ふんっ」と鼻を鳴らす。背を丸めた軍人達の肩が跳ね上がる。

「趙与としょうの軍は何をしている」
 武霊王は酷く苛立っていた。
 当初の予定ならば、先発した趙与の軍が西から進撃し、早々に陘山に築かれた、井陘いけいの砦を奪取。

 東からは太子章率いる別動隊が昔陽せきよう昔陽を破り、中山国の中心部である曲陽きょくようまでの道を切り拓き、勢いに乗じて西と東から中山兵を追い込み、都である霊寿で敵勢力を集約させる心算であった。
 
 中山の地は、東には燕と斉。西から北にかけては、楼煩ろうはん匈奴きょうどと夷狄の民族が盤踞ばんきょする、地域と隣接している。夷狄は定住を好まない遊牧民族で、彼等が盤踞する土地は包囲七百里を超えるほど広大である。

 包囲五百里四方の弱小国相手に、余計な手間などかけている暇はない。今や蛮夷の国と誹られ続けてきた、西の秦の勢いは、七雄の中でも突出している。
 
 秦と国境を接する、韓、魏、楚には秦の飛躍を阻むことは難しい。天下併呑を目論む、強秦に対抗するには、正直今の国力では厳しいものがある。
 だからこそ、眼の上の瘤ともいえる中山の領土を逸早く併呑し、果ては匈奴、楼煩を完全に服属させ、燕、山東の強国斉を取り込み、国力増加に努めなくてはならない。
 
 以北の平定の併呑は、趙が山東の覇国となるうえでは、必要不可欠な事業である。北の代の地には、先君趙襄子ちょうじょうしが築いた、無窮の門がある。

「代を併せ無窮に至るのは、必ずこの門から始めよ」先君が遺された言葉である。
 無窮の門には、先君からの以北平定への悲願が込められている。武霊王には、何としても父祖より継いだ悲願を成就させたいという強い想いがある。想いが強い故に、焦りが駆り立てられる。
 
 間もなく冬が来る。中山の冬は厳しい。雪に埋もれれば、更に行軍速度は下がり、兵士の鋭気は挫けていく。

「章には精鋭を与えているのだぞ」
 喝が飛ぶ。将校達は蒼白い貌をただ伏せている。
 言の通り、太子章には武霊王が自身で選りすぐった精鋭を与えている。胡服騎射を取り入れた三万の騎兵に、歩兵が二万。更には千輌を超える戦車である。

 胡服騎射とは、馬に跨り革の甲を纏い、戦場を駆ける、中原の万民が卑下する夷狄の戦理である。古来の中国では、兵車(馬に曳かせた戦車)を並べて、衝突を繰り返す戦が主流であった。
 
 この時代、文字を用いない夷狄の風俗は、全てにおいて俗悪とされていた。故に漢字圏を確立され、百花斉放の地という自負がある、中原諸国は如何に利便性があるとはいえ、蛮夷の風俗を文化として取り込むなど、露ほども考えなかった。
 
 だが、武霊王は王でありながら、文明人としての矜持など持ち合わせていない。王というより、何処までも軍人的な思想で物事を考える。
 
 武霊王が見据える戦は、近隣の国々との小競り合いではない。西は秦。東は斉という強国を相手とする、おおきな戦である。
 
 秦に眼を向けたとするならば、趙と秦は千里以上離れている。車、歩兵を主とする行軍で千里以上の険しき道を行くのだ。
 
 敵地に潜入するまでの季節が移り替わってしまう。時にかかる矢銭(軍費)も比例する。だが騎馬であればー。一日に百里を超える行軍も可能になる。  
 
 臣下からは囂々ごうごうたる非難の声が上がった。
 無理もない。武霊王は家臣や民に至るまで、胡服を強いた。
 当時、兵装に至るまで主流であった服装は、前合わせで袖の長い上衣に、ゆったりとした幅のあるはかまを合わせるというものであった。
 
 対して、胡服とはー。筒袖に左衽さじん(左が前)の短衣に、ずぼん袴を合わせるというものだ。袴であるからこそ、鞍上での可動域が拡がる。
 
 胡服は絢爛な刺繍や装飾など取っ払った、何処までも利便性を追求した衣服であった。武霊王は連綿と受け継がれてきた、風習などかなぐり捨て、胡服を率先して纏った。

 叔父の公子成こうしせいなどは、貌を土気色に変えて反駁はんばくした。

「中国を捨て、遠方の服に従い、古来の教えを変え、民心に逆らい、学者に背くことは、中国そのものから離れることを意味しますぞ。王よ。いま一度、熟慮されよ」
 武霊王は理論武装をして、敢然と向かい合い放った。

「常人は世俗のままに流動するものである。しかし、万民の指導者たる王は世俗に流されてはならない。時勢を見極め、変遷ともに推移する。ことわざにもあるではないか。『書をもって馬を馭する者は、馬の心を解せず、いにしえを以って、今を制する者は、事の変を知らない』と。いにしえに則った、制し方では天下はおろか、半璧はんぺきの天下すら得ることは叶わない」
 武霊王は半ば強引に、臣下達の反対を押し切って、胡服騎射を軍に取り入れた。北方より騎射の士を招き、いざ投入してみると、軍は予想以上に仕上がった。
 
 諸侯は蛮夷の風に靡いた、武霊王を嗤うが、現今の趙軍こそが最強という自負がある。武霊王の独断専行とも呼べる改革を、公族や民衆は糾弾した。しかし、華夷かいの思想に固執する、中国の諸侯の思想に、武霊王の変革は新たな息吹を吹き込んだ。

 実戦で騎兵を投入するのは、中山攻略戦が初のことであったが、成果はあった。当初は武霊王自身が、胡服を纏い、騎兵を率いていた。
 
 あまりの侵攻の速さに中山兵は狼狽し、容易く南のこう房子ぼうしは陥落した。
 封竜まで順調に軍を進めることができたが、太子章に指揮を委ねてからというもの停滞が続いている。

「やはり、あやつには戦の才覚はないのかもしれん」
 嘆息が漏れる。

「お前ならどうだ?」
 傍らで直立する、若者を見遣る。
 彼の名は廉頗れんぱ。胡服を纏い、猛虎を想起させる、鋭い顔。 二十代前半ながら、千軍万馬せんぐんまんばの将に劣らないほどの気配を漂わせている。

「容易く陥せる自信はあります」
 にべもなく答える、廉頗を殊の外気に入っている。
 だからこそ御付きの従者として、経験を積ませようとしている。

「質問を変えよう。お前なら昔陽を何日あれば抜ける?」

「五日もあれば」
 言外に章では役不足と貶めている。だが、太子相手でも忖度しない所が、武霊王の寵愛を一層に深める。

「では、井陘はどうか?」
 廉頗が口を開いた矢先である。注進が入った。

「申せ」
 控える兵士の顔色は悪い。

「井陘の砦への行軍中。趙与将軍が、百騎余りの奇襲を受け、負傷されたのこと」
 武霊王の眉宇が吊り上がる。

「百騎だと?」
 趙与には数万の兵を与えている。いや。他に気になる点がある。

「つまり騎兵の奇襲にあったということか?」

「それがー」
 兵士が言い淀む。眼力で圧をかけると、色を失った唇をゆっくりと開いた。

「はっ。更に騎兵の一団は、少年達で構成されていたと」
 銘々が絶句している。趙与は戦下手な男ではない。奇を好む男ではないが、堅実で慎重な男だ。故に失態も少ない。武霊王自身、面白味に欠けると思ってはいるが、それなりに評価はしている。

「大王様」
 廉頗の双眸が輝いている。

「なるほど。鄙びた地にも、わしと同じような思考の者があるとはわな。しかも、小僧とは笑わせる」
 苛立ちが心地の良い、愉悦へと変わる。

「中山に潜ませている間者に伝えよ。趙与を斬った、小僧の素性を探れと」
 もう少し腰を据えて、中山の相手をしてやってもいいかもしれんな。と武霊王は嬉々と呟いた。
 






 
 





 

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