瓦礫の国の王~破燕~

松井暁彦

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破燕

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 宿の一室に姫平、市被、丁、麾下の十五名が集った。

「策はこうです」
 市被ははきとした声で告げて、矩形くけいの卓の上に、薊の地図を広げた。

基本的に城郭はどの国も共通して、西城東郭せいじょうとうかくという構造になっている。つまり、西には王宮や公宮があり、君主や公族が住まう区画となっている。一方で東の郭内は庶民の居住区になっている。閭左もこの区画にあり、同様に匿ってもらっている宿も東の郭内にある。
 
 市被は太い指で、東郭を指す。

「まずは丁殿率いる夜兎党に働いてもらいたい」
 丁はこのような畏まった軍議になど、当然参加したことはない。姫平の隣で正座する、丁は極度の緊張で岩のように固まっている。

「大丈夫か?」
 微笑みながら、丁の背中を軽く叩く。

「も、もちろん」
 丁はぎこちのない苦笑を返した。

「で、おいら達はどうすれば?」

「東郭内にある家屋に火をつけて、城兵の注意を引きつけてもらいたい」

「そんなことをしたら、住む家がなくなる人もいるんじゃないですか?民に罪はありません。それはちと可哀想かと」
 こらと早足さそくを踏む、丁を姫平は窘める。

「最後まで話を聞け」

「ごめん、旦那」
 丁は肩を落とし、潮垂れる。

「丁殿の云う通り、庶民の家屋が焼けば、家を失った者は路傍に迷うことになる。それは、若とて望んでおられぬはず」

「ああ。たとえ此方に大義名分があろうと、罪なき民を巻き込むのは避けたい」
 腕を組んだ姫平は、譲れぬと強い口調で放つと、麾下達が賛意を示す。

「ええ。だからこそ、火を放つ空き家だけです。あくまで我々の目的は、城兵の注意を引き付ける為の陽動」

(なるほど)姫平は内心で相槌を打った。
 東郭内には、複雑に入り組み、家屋内が犇めき合うよう建つ貧民街がある。しかし、庶民の居住区であれば、火事が発生した時、火が燃え移らないよう家屋同士は、一定の間隔を空けて建てられている。

「駆け付けた城兵達を、夜兎党に搔き乱してもらうって訳か。加えて争闘が起きれば、西城に詰める兵士達も駆け付けてくる。そうなれば、必然的に宮殿の守りは緩くなる」
 おおと麾下から感嘆の声が上がった。

「勝手しったる宮殿だ。宮門を抜け、忍び込んでしまえば、此方のものだ」
 姫平は哄笑し、膝を強く叩いた。

「手勢は五十が至当かと」
 市被の意見に頷く。

「ああ。巧く兵士を引きつけることができたとしも、数では此方が圧倒的に劣っている。正面から攻撃を仕掛けるのではなく、隠密に子之の首を奪る」

「決行は?」
 市被が訊く。

「明日の深更」
 断言すると、どよめきが起こった。

「既に十日、空費してしまっている。今もこうしている間に職達は苦戦を強いられている。これ以上、刻を掛けることは避けたい」
 動揺した麾下を宥めるように、穏やかな声で告げる。

「おいらやるよ。正直、怖くないと言えば嘘になるけど、戦わなければ、この国は悪い奴から奪り戻せない」
 丁からは言の通り、恐怖の念がひしひしと伝わってくる。だが、震える躰には勇気が迸っている。

「やれるんだな?」
 姫平が訊くと、

「うん!その為に、おいらは今此処にいる」

(きっと丁は良い戦士になる)
 
 戦士の条件は武術の巧拙こうせつだけではない。自持を曲げない鋼の意志と心胆のあり方だ。丁の気にあてられてたか、迷いを抱いていた麾下達の腹も据わった。

「決まりだな」
 銘々が頷く。

「明日、俺達は王を騙る子之の首を奪り、民を苦しみから解放する」
 
 応!の掛け声と共に、一斉に拱手の音が鳴り響く。明日、泣いても笑っても全てが決する。己が斃れれば、この国は終わる。気負いはあるが、不思議と不安はない。数としては僅かだが、志を共にする仲間がいる。

(子之、覚悟しておけ。俺達の国を滅茶苦茶にしたつけを払わせてやる)

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