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破燕
七
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十日、姫平は床に臥していた。全快と云う訳ではないが、独力で歩けるまでには体力は戻った。悔やんでも悔やみきれなかった。己が傷を負い、臥したことで、十日も空費してしまった。西では弟の姫職が圧倒的寡兵で督戦している。幸い丁を通して、敗戦の報は入っていない。よく持ち堪えてくれている。だが、こうしている間にも、兵は死んでいく。
姫平が匿われていた場所は、閭左にある宿であった。丁の話では、庶民の間でも現政権に不満を抱く者は多いと云う。丁は燻る叛乱分子から、信用たる者を選定し、陰助を受けているようだった。
宿の主人は、己が譲位した先王の庶子であることを告げると、随喜の涙を流し、臣従を誓ってくれた。今、宿には生き残った麾下十五人と市被がいる。あの争闘で十五の麾下を失ってしまった。公族、外戚達は、無事、都を離れ、命を救うことはできた。成果が亡くなった彼等の弔いになるかどうかは分からない。だが、彼等の死は無駄ではないと言い切れる。
外の空気を求めて、宿から出ると、市被が玄関口前に置かれた榻に座り、両手で握りしめた牘を眺めていた。
「市被」
声を掛けると、飛び跳ねるように立ち上がり、覚束ない手で牘を懐に押し込んだ。
「何かあったのか?」
彼の周章ぶりは尋常ではなかった。
「若」
居住まいを正した市被であったが、目の焦点は定まっておらず、顔色も死人のように蒼白い。
「酷い顔色だ」
「まだ傷が少し痛むのです」
ははと市被は細く笑う。己ほどではないが、市被も全身に無数の傷を受けている。特に背の傷は深く、三十針も縫ったという。
「済まなかった。俺が感情のままに奔ったせいで、お前にも傷を負わせてしまった」
刹那であるが、市被は己の眼差しから逃れるように、斜を向いた。
「いえ。私が若でも、恐らく同じ行動をとったと思います」
落ち着き払った声で言った、市被から狼狽は消え、普段の軍人然とした、彼に戻っていた。
「若が悔やまれていては、死んでいった者達も報われません」
「ああ。そうだな」
暫しの重い沈黙が流れた。
「若。麾下を集めてもよろしいですか?」
沈黙を破ったのは、市被だった。
「ああ。俺もそうしようと思っていた所だ」
市被が雄健に頷く。
「丁殿率いる夜兎党が、我が方に加わったことで、戦略の幅を広げることが可能になりました。私に妙案があります」
「訊こう」
市被が切れのある拱手で返した。
姫平は眼を眇め、市被の懐のふくらみを見遣った。妙な胸のざわつきを覚えた。市被は視線から逃れるように一礼し、宿の中へと入って行った。
姫平が匿われていた場所は、閭左にある宿であった。丁の話では、庶民の間でも現政権に不満を抱く者は多いと云う。丁は燻る叛乱分子から、信用たる者を選定し、陰助を受けているようだった。
宿の主人は、己が譲位した先王の庶子であることを告げると、随喜の涙を流し、臣従を誓ってくれた。今、宿には生き残った麾下十五人と市被がいる。あの争闘で十五の麾下を失ってしまった。公族、外戚達は、無事、都を離れ、命を救うことはできた。成果が亡くなった彼等の弔いになるかどうかは分からない。だが、彼等の死は無駄ではないと言い切れる。
外の空気を求めて、宿から出ると、市被が玄関口前に置かれた榻に座り、両手で握りしめた牘を眺めていた。
「市被」
声を掛けると、飛び跳ねるように立ち上がり、覚束ない手で牘を懐に押し込んだ。
「何かあったのか?」
彼の周章ぶりは尋常ではなかった。
「若」
居住まいを正した市被であったが、目の焦点は定まっておらず、顔色も死人のように蒼白い。
「酷い顔色だ」
「まだ傷が少し痛むのです」
ははと市被は細く笑う。己ほどではないが、市被も全身に無数の傷を受けている。特に背の傷は深く、三十針も縫ったという。
「済まなかった。俺が感情のままに奔ったせいで、お前にも傷を負わせてしまった」
刹那であるが、市被は己の眼差しから逃れるように、斜を向いた。
「いえ。私が若でも、恐らく同じ行動をとったと思います」
落ち着き払った声で言った、市被から狼狽は消え、普段の軍人然とした、彼に戻っていた。
「若が悔やまれていては、死んでいった者達も報われません」
「ああ。そうだな」
暫しの重い沈黙が流れた。
「若。麾下を集めてもよろしいですか?」
沈黙を破ったのは、市被だった。
「ああ。俺もそうしようと思っていた所だ」
市被が雄健に頷く。
「丁殿率いる夜兎党が、我が方に加わったことで、戦略の幅を広げることが可能になりました。私に妙案があります」
「訊こう」
市被が切れのある拱手で返した。
姫平は眼を眇め、市被の懐のふくらみを見遣った。妙な胸のざわつきを覚えた。市被は視線から逃れるように一礼し、宿の中へと入って行った。
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